2011年12月27日火曜日
2011年12月23日金曜日
南京大学とのワークショップ
19日夜に海南島から戻り、22日から23日は再び中国、蘇州へ。名古屋大学と南京大学のワークショップに。1昨年は南京大学、昨年は名古屋大学で行われた3回目である。内容は気候変動から社会学的な地域環境まで広い。私は海南島の続きで大型クラゲに関連させ、濁りの影響の少ない海色衛星データセットのことを話した。名古屋大学の人を含めて、普段聞いたことのない話が聞けることが面白い。陸域の基礎生産モデルのことや、里山の物質循環のことなど特に興味深かった。
ワークショップ会場のホテル以外はパーティのレストラン会場だけと忙しい日程となってしまった。
松鼠魚。草魚のから揚げの甘酢あんかけ。松鼠とはリスのことらしいがなぜ?松ぼっくりに似ているような。
どじょう
町で見かけたポスター。歴史を再認識しながら発展をしようという意気込み感じる。
観覧車も派手。真ん中にはビデオが映っていた。
2011年12月19日月曜日
大型クラゲ国際ワークショップin 海南
12月15-19日は海南島で行われた大型クラゲの国際ワークショップに参加した。これは日中韓でで行われている大型クラゲの共同調査に関して毎年行われているが、私は2年前に博多で行われた会議に次いで2回目の出席となった。この2年間は日本にはあまり大型クラゲが来なかったが、その間に研究はそれなりに進んでいることが実感できる会議であった。今回は、まだ一般的であるかどうかはわからないが、中国の長江河口の北側で発生しているのではないかとの研究発表が多かったように思えた。これは我々が考えている、春季ブルームによる餌の増加とエチゼンクラゲの幼生の出てくるタイミングがあわないという、Match-Mismatch 仮説に対応しないので悩ましい。
海南島は海産物の宝庫。パーティででたビゼンクラゲだけではなく、以前、青島で見て食べてみたいと思っていたヒトデ(マンジュウヒトデ?)も食べてみた。また、日本では釣りの餌に使われる星口動物門の沙虫(スジホシムシ?)もマテガイのようでおいしかった。外の屋台でも様々な海産物が。これは別に写真集を作りたい。
海南島は海産物の宝庫。パーティででたビゼンクラゲだけではなく、以前、青島で見て食べてみたいと思っていたヒトデ(マンジュウヒトデ?)も食べてみた。また、日本では釣りの餌に使われる星口動物門の沙虫(スジホシムシ?)もマテガイのようでおいしかった。外の屋台でも様々な海産物が。これは別に写真集を作りたい。
ビゼンクラゲ。エチゼンクラゲもこれだけおいしいとよいのだが。
2011年12月11日日曜日
平成23年度赤潮・貝毒部会
この時期の広島は、クリスマスイルミネーションで毎年きれいだ。これは太陽電池で光っているそうだ。
いろいろなイルミネーションの中、今年は海がテーマのものもあった。
2011年12月5日月曜日
環境省委員会
12月6日は環境省の震災後の三陸沿岸での汚染調査の委員会だった。これは震災前からずっと行なわれてきた汚染モニタリングを、震災後に三陸沿岸で集中して行っているものである。4回目であるが私は出席は初めてだった。6月と8月にすでに2回の調査が行われており、明日から3回目の調査が行われる。1回目の調査結果はすでに7月に発表されており、今回は主に2回目の調査のまとめと、3回目の調査について議論された。放射線の調査もされているが、ここでは主に人為起源の汚染物質について議論した。放置されている瓦礫などから、健康等には全く影響のないレベルであるが、少量のPCB、ダイオキシンなどの人為起源の汚染物質が流出している可能性が議論された。
2011年12月1日木曜日
2011年11月30日水曜日
GCOE伊勢湾流域圏持続性とは何か
30日はGCOEの伊勢湾流域圏懇談会で持続性とは何かを議論した。まず出席者が事前に考えた数行の意見を配布して、順番に説明しながら議論を進めた。以下は、その議論を私なりにまとめ文である。
議論の前でのコメントでは、あえて専門の自然科学的な視点を離れて、高度成長期の終焉と人口減少が始まった日本での持続性について、日常の社会から少し考えてみた。その結果、世界経済や地球環境、災害など様々な変動・変化の中で、経済、人口を安定化し、よい環境を保ち、心の安定を求めることが大切ではないかとまとめた。談話会での議論の中では、様々な社会学的、自然科学的なキーワードが並んだ。そこでここでは、すでに社会学ではやりつくされているのかもしれないが、あえてこれらを生態学と社会学のアナロジーの観点でまとめてみた。
生態学の基本的な概念は、「個体」とその集合である「個体群」が、別の種の個体群と共存した「群集」として、「非生物環境」を含めた「生態系」の中で「食物連鎖」による「物質」と「エネルギー」の流れの中で生きている様を記述することである。「個体」は当然生きようと必死であり、「個体群」は遺伝子を残そうとする。進化した「群集」および「生態系」は、「変動・変化」する環境の中で、構成する「個体」と「個体群」を何とか「持続」するように機能していると考えられる。産業革命前の化石燃料による膨大なエネルギーを手に入れる前の「人間」も、おそらくこの中に適応して生存しており、それが「里山・里海」の概念であると思われる。
一方で、人間の場合は「個人」から「家族・友達」、その集団である「社会」があり、「エネルギー」や「物質」を「食物連鎖」だけのためではなく、自らの「心」を満たすために動かし、さまざまの「製品」や「構造物」を作り、同時に「経済」活動として「お金」を動かし、「情報」のやり取りでお互いの「絆」を作る。この一連の流れは「生態系」内での「エネルギー」と「物質」の流れと同じようではあるが、「心」が入るためにより複雑になっている。しかしこのシステムが、内的・外的な様々な「変動・変化」の中で「持続」されるとすれば、それは基本的には「生態系」の中で「個体」や「個体群」が「持続」されるように、その構成要素である「個人」と「家族・友達」を「持続」させようとすることがその原動力になるのではないか。
つまり、多くの人の「心の安定」が持続されて、「そこに住みたい」という気持ちをどう実現するか。これが「社会」を「持続」させるカギとなるはずである。このことはいまさら言うまでもないことなのかもしれないが、問題はそれをどのように実現するかである。「多様」な「物質・エネルギー・お金・情報」の流れは、「多様」な「空間スケール」で関連しあい、「多様」な「時間スケール」で「変動・変化」している。この内的・外的な環境の「変動・変化」の中で、「多様」な人間の「心を安定化」させるような、「修復力・再生力・転化力」のある「社会」をいかに作り上げていくかが、重要であることは今回の議論の中ではっきりしてきたように思う。この「心の安定性」のためには、「衣食住」「お金」「健康」「絆」などが、適量に安定的に確保されることが必要である。少なくともある分野では、そのためにしっかりとした「将来予測」を可能とし、その「予測」によってごく一部の人の「お金」が増えるではなく、より多くの人の「心の安定性」を保ちながら「将来のために楽しく我慢」するようにすることが必要となるのかもしれない。そんなことをこの議論から考えた。
2011年11月27日日曜日
研究室旅行
26日は研究室旅行で犬山へ。二つの国宝、木曽川の脇の犬山城、茶室の有楽苑で紅葉を楽しむ。中国人が多くなったこともあり、日本風のところを選んでいるが、日本人もほとんど初めてでとてもよかった。信長の叔父の作った犬山城は城としては小さいが、天守閣に登って外へ出ると、かなりの高さで怖い。有楽苑で庭を観ながらの静けさの中でのお茶は格別。お昼はことぶき屋戦国やぐら茶屋で鮎釜飯を。
下町は新しいお店も多く活気があり頑張っている。特にカラクリ人形館は面白かった。次は夏の鵜飼にぜひ来てみたいところだ。
帰ろうと思ったら名鉄が事故でストップ。名駅で予定していた飲み会をキャンセルして、平安通りに。代わりの飲み会の場所がなかなか見つからなかったが、大曽根に向かって歩いていて見つけた鉄板焼きのじゅじゅまるはあたりだった。
鮎釜飯
2011年11月20日日曜日
水産海洋地域研究集会
19日は第7回目になる水産海洋地域研究集会「伊勢湾・三河湾の環境と漁業を考える」に学生のHM君と参加した。3年前から参加しているが毎回、愛知県と三重県の水試の研究者中心に、活発な議論が行われる。今年は主に浅場に着目した発表があった。前半は漁業資源形成過程での浅場の役割ということで、トラフグ、クルマエビ、アサリの生活史と浅場の関係に関する発表、後半は浅海域の変遷と問題ということで、三河湾のデッドゾーンと東京湾での状況についての発表があった。アサリはともかく、トラフグやクルマエビをはじめとして、他にも多くの魚が浅場でその生活史の一部を生活していることには驚いた。アマモ場についてはよく聞くが、干潟や砂浜がこのような観点でも重要であり、また多くの魚類がこのような場で移動して生活していることも新鮮だった。また、深場での貧酸素化はよく知られているが、人工的な水平方向の狭い入り江等も生物が利用できなくなってデッドゾーンになっているとのことで、今後の改善が必要である。毎年思うが、漁業者も含めて議論が進むことで、よい方向に向かって行きそうなよい雰囲気だ。今回は名古屋港水族館の近くの港湾会館だったが、水産海洋学会の木村さんや大関さんも東京・横浜から参加していた。
2011年11月18日金曜日
伊勢湾観測
11月15日から17日は三重大学の勢水丸で伊勢湾の観測を行った。残念ながら私は乗船できず、PDのSCさんと学生・研究生の計7名が、名古屋大学の田上先生、阿部先生、西田先生とともに乗船した。14日は私も荷物運びで船に行き、準備と観測の練習を少し行なった。慣れていない学生が多かった割りに計画した量が多く、実際に行なえたのは大分計画より少なかったようだが、みんなよい経験にはなったようだ。勢水丸の方々、先生方、お世話様でした。18日は三重大に借りた測器を返した後、荷物を積んで、大学へ帰る。
14日の夜は景気付に松阪でホルモンを食べてから名古屋に戻る。車なのでビールが飲めなかったのが残念。18日はGCOEでお世話になった山本先生の歓送会をサカナヤマで。二次会は山口先生らとベルギービールのお店へ。
2011年11月12日土曜日
11月7-11日
今週も海洋学の輪読ゼミ、海洋生物学の授業、学生の論文ゼミがあった。論文ゼミではKT君がCloern J.E. and A.D. JassbyのPatterns and scales of phytoplankton variability in estuarine-coastal ecosystems (汽水・沿岸生態系の植物プランクトン変動のパターンとスケール)をリベンジ。いろいろな沿岸域のクロロフィル時系列データを、比較的簡単な統計で年間、季節、イベントスケールに分ける方法は使えそうだ。ただ最終的な結論は少し物足りない。難解な文章を時間をかけて何とかまとめたKT君お疲れ様。
HM君を中心に、来週の伊勢湾航海の準備が進められた。航海が決まってあまり時間がなく大変だが、何とか間に合いそうだ。
個人的にはそれ以外に、韓国の静止衛星データを利用する準備や、台風の海洋生態系への影響の論文について勉強等をした。いつの間にか台風も膨大な数の論文がでているのには驚いた。
名古屋大付属中学生訪問
12日は名古屋大付属中の学生二人が別々に訪ねてきた。一人目は私が実際に研究を行っているエチゼンクラゲについて調べているという女子で、主にどのような研究をやっているのかについて熱心に聞かれた。海水浴に行ったことはあるとのことで、海は好きのようだった。二人目はマグロについてという男子で、私の専門外ではあるが、それでも良いということで。マグロの生物学的な質問が多く、いきなり奇網という単語すら知らないことについて聞かれてびっくり。インターネットで調べたところ、血管が網状に広がった構造で、マグロはこれで静脈と動脈が近いところにあり、熱を交換することで体温を保っているのだという。知らなかった。他にも、適水温や水深、生息数などネットで調べながら回答した。寿司を食べるのが好きなので、このテーマを選んだということで、マグロが食べられなくなると困るとそれなりに真剣だった。
二人とも一人で来て面白い質問をし、熱心にノートを取って帰って行き、とてもしっかりしていることには驚かされた。
2011年11月6日日曜日
10月31日ー11月2日
先週もおとなしく(?)大学に。31日は先週の輪読の続き。その後ミーティング。急遽11月中旬に勢水丸で伊勢湾観測をすることになったので、その計画を含めて長々と議論。あまり時間がないので、急いで準備が必要だ。
2日は生物海洋学の2回目の授業。今回は非生物環境ということで、光と温度、塩分に関して。英語と日本語を混ぜた授業はなかなか頭が混乱する。
学生との時間以外は、主に締切間近の科研費申請を。今年は通ってもらわないと困る。
2011年10月29日土曜日
東海大福島さん
28日は東海大学開発工学部の福島先生が研究室に来る。ゼミで、植物プランクトンが黄砂によって増加しているのかを、海色衛星データで確認できるか話をしてくれた。これに関しては、まだ議論があり、今回のデータも必ずしも増加を裏付けるデータが確認できていない。鉄散布等の実験では明らかに植物プランクトンが増加するし、一部現場データで確認はされているのだが。福島さんは大気補正の専門家でもあるので、伊勢湾での検証に関しても提言をもらった。
福島さんにはアメリカで私が学生時代からお世話になっており、初期の海色衛星による伊豆沖湧昇の論文から、OCTS, GLIなど日本のセンサー開発、アメリカや韓国との海色ワークショップなどをずっと一緒にやってきた間柄だ。
夜はトリのだめな福島さんといっしょなので、めずらしいベルギービールのお店Cafe Lembeekへ。この日もマスターはベルギーから帰ったばかりとのこと。ベルギービールの種類の多さには驚く。いわゆるビールとは別物でむしろワインのようという言葉に納得。その後はHM君と二人でトリトリ亭で主に研究の話で壱岐super goldを。
2011年10月27日木曜日
2011年10月26日水曜日
生物海洋学授業
26日は大学院の生物海洋学の授業。正式な受講者は、研究室のOT君、バイオテレメトリーの依田研究室から2名、地球化学の研究室から1名の4名だが、研究室の残りの日本人2名と中国人3名も聞いてもらうことに。中国人はまだ日本語が得意でないので、英語と日本語を混ぜてやることに。依田研からの学生の一人は、長崎大水産出身で私の講義も受けたことがあるということで、彼女が一番内容がわかっていそうだ。今回は初回なので、生物海洋学の定義や航海の歴史、地形の話などについて話した。海外出張続きで今まで休講だったので、後で補講もやる必要がある。
2011年10月24日月曜日
2011年10月18日火曜日
ハバロフスクPICES-2011
13日に夜行列車でハバロフスクにつき、14日からPICESに出席した。13日夜は千手さんとレストランを探してさまよう。ハバロフスクはウラジオストックよりも寒いためか、店の窓が小さく、中がよく見えない。そのためロシア語がわからないと店もわからない。
14日はCREAMS-APの主催する日本海に関するワークショップとAPのミーティング。日本海に関しては、現在現状報告書をまとめており、それに関する報告があった。呼称問題がやや問題となるが、最終的には政府間会合で議論されることになる。
15日はHABのワークショップで、今回は招待講演と午後のデモを受け持った。招待公演は現在やっている赤潮の被害削減に関するプロジェクトについて話をし、スペクトルを利用した赤潮分類群の判別などについて質疑応答があった。デモではNOWPAPのトレーニングから一緒に参加してしているKudelaさんと、また分業で衛星やデータ取得先の種類などの紹介を行った。研究室から参加したXYJ君はクラゲのワークショップに参加したはずだ。
16日は様々な委員会が開催されていたが、AP関連のレポートをまとめたり、少し街を歩いた。夜はHABのグループとウズベキスタン料理の店へ。一緒に行ったロシア人女性は長崎のNOWPAPトレーニングに参加していた。最後はアメリカ人たちとウォッカを飲みすぎた。
17日はOpening ceremonyとPlenary session、そして懇親会。植松さんの火山が生産を高める話はなかなか面白かった。千葉さんやZuenkoさんの話は、我々が以前やった衛星での植物プランクトンデータの春季ブルームの解析を動物プランクトンや魚と関連させたものだった。
18日はまだ会議は続くが朝からサハリン経由で日本へ。朝には雪が降り、ロシアらしくなった。
CREAMS-APを終えて。政治がなければ仲間なのだが。
ロシアでのNOWPAPトレーニング
8日から12日までNOWPAPとPICES, WESTPAC, IOCCGのリモートセンシングトレーニングのためロシアのウラジオストックへ。NOWPAPのこのトレーニングは長崎、済州島と引き続き3回目だ。学生はロシア人が16名、日本人3名、韓国人1名、中国人1名、インドネシア人1名、フィリピン人1名、インド人1名に対して、講師陣は日本人3名、ロシア人3名、アメリカ人2名、韓国人1名、中国人1名、ドイツ人1名と豪華だ。
研究室からもHM君が参加した。私は基礎生産と富栄養化について講義をした他、講習とは別に会場だった極東連邦大学の気象海洋学部で台風についても講演した。ロシア人はあまり英語が得意でなく、初めは静かだが、打ち解けると明るい。学生同士はとても仲良くなって、facebookで盛り上がっている。やはり国際的なトレーニングは研究面で広い視野を向けるうえでも国際的な友好面でも非常に良い。ウラジオストックは3回目だが、10年前とは雲泥の差で、やはり経済は人を変える。
12日最後のパーティの後に、太平洋海洋学研究所のLobanovさん、鉄道好きの九大の千手さんらと、シベリア鉄道の夜行列車でPICESの行われるハバロフスクへ。4名の寝台車で情緒がある。11時間でウォッカを飲んで寝たらもう着いた。
シベリア鉄道「海洋号」
2011年10月5日水曜日
2011年10月4日火曜日
2011年10月1日土曜日
2011年度日本海洋学会秋季大会
25日は朝ベトナムから名古屋につき、夕方には福岡の九州大学での日本海洋学会に出るハードスケジュール。26日には沿岸シンポジウムで、九大の吉川さん、愛媛の磯辺さんとともに、「東アジア縁辺海における大気海洋相互作用と海洋生態系への影響」のコンビナー。これまで考えていた以上に、海洋が細かいスケールで気象をコントロールしていることには驚かされた。自分ではこれまでやってきた台風の海洋生態系への影響の研究をまとめ、いろいろなコメントをもらった。
27日から29日の研究発表では、学生のXYJ君がエチゼンクラゲの温度コントロール、OT君が伊勢湾の衛星クロロフィルの検証、JAXAに行ったYH君が東シナ海・黄海の新しいデータセットで季節・経年変動のポスター発表をした。27日の夜は評議委員会と論文賞をもらった石田洋君のお祝い、28日の夜は懇親会、29日の昼はJO編集委員会、夜はJAXA-水研共同研究のナイトセッションとテンコ盛りで、さすがに後半はベトナムからの疲れも出てバテ気味だった。
2011年9月26日月曜日
ベトナム講習
9月18日から25日までベトナム、ニャチャンにある海洋研究所で日本財団とPOGO(国際海洋観測機構)がサポートするトレーニングコースThe Application of Ocean Colour Remote Sensing for Study of Marine and Coastal Processes and related Bio-Resources(海色リモートセンシングの海洋と沿岸過程とそれに関連する生物資源研究への応用)に講師として参加した。同様のトレーニングコースが2007年に開催され、その時は当初3ヶ月頼まれたがとてもいけないので、水研のOBでタイから日本に帰る予定だった松村さんにお願いして、私は3週間だけ参加した。今回は全体が3週間でその中の1週間滞在した。私の他に北大の斎藤さん、平田さんが1週間、バーミューダ海洋研究所のGerry Plumley博士が3週間滞在し、松村さんも後から参加する予定だ。
初日と2日目は斎藤さん、3日目と5日目が私、4日目が平田さんの講義だった。私は、海洋学の基礎を含めた衛星海洋学と海色リモートセンシング、東シナ海と有明海を例とした富栄養化と植物プランクトンの関係、赤潮などについて話をした。まず驚いたのは今回は補助者として参加した4年前の学生たちの進歩だった。タイ、インドネシア、フィリピンからの外国人学生を含め、ベトナムからの参加者をまとめながら、自らも熱心に講義を聞き、討論をリードした。今後は彼らが東南アジアをリードしてくれるだろう。今回は残念ながら日本人の参加者はいなかったが、北大に来ているフィリピン人が1名、他にもタイから2名が来ていた。
有明で減ってしまったタイラギやアゲマキの話をした日に、学生がこれらの貝を食べさせてくれた。今後もおいしい貝の取れる干潟をまもってほしい。
ホテルから観光地のビーチを眺める。間には漁民が住む町。
2011年9月8日木曜日
2011年9月7日水曜日
NOWPAP FP会議
台風開けの9月6・7日に再び富山に向い、NOWPAP/CEARACの第9回FPM(フォーカルポイント会合)に参加した。2010年、2011年で行っているHAB、リモートセンシング、富栄養化、生物多様性に関する活動の進捗状況と、先月の専門家会合を受けて再検討された2012年、2013年の計画が日中韓ロの代表によって話し合われた。専門家会合と多くの出席者が異なっていることがやや話を難しくしたが、全体的にはうまくまとまった。
これまでずっと拠出金を出していなかったロシアがやっと拠出してくれたことはうれしいことだ。また環境省からのFPはどんどん変わっていってしまい困るのだが、今回の人は博士号も持っており非常に意欲的だったのでとても助かった。それから中国の新しいFPは、2008年に長崎大で私がホストで行った第1回のリモートセンシングに関するトレーニングの受講者だった。これもすばらしい。
前日の夜は前回行き損ねた寿司栄に。今回はシロ貝を初めて食べた。富山ではマンジュガイともいうサラガイの仲間らしいが貝殻はなかったので、種類はわからなかったが、柔らかくておいしい。レセプションの後は環境省のNさん、学生さんと一条に。ママさんからの、海の水はどうしてしょっぱいの、富山の川の水はどうして緑なの?など、素人質問でタジタジ。
2011年9月2日金曜日
富山大学非常勤
9月1・2日と富山大学で大学院の非常勤講師。海洋学の基礎、海洋リモートセンシングの基礎、東シナ海・日本海の海洋環境、基礎生産、台風による基礎生産の増加について。非常勤の場合、学生のレベルがわからないので大変だが、今回はかなり基礎的なことをしっかりと話をしたのでわかってくれたと思うが。
31日は水曜日で寿司栄が休みだったので、前回と同じ近くの寿し富へ。こちらもおいしいし寿司栄では飲めないビールが飲める。47年寿司屋をやっているというご主人は最近魚が減ったというが。1日夜は越中舞華で蒲地さん、畑さん、張さんと張研究室の学生さんたちと会食。富山の魚介類を堪能。2日は台風が近づいているのでさっさと帰ってきた。
シラエビ(白エビ)、ホッコクアカエビ(甘海老)など
上はトヤマエビ、下の赤い筋のあるのがスジエビと言われたが、種が違うのだろうか?
2011年8月26日金曜日
2011年8月23日火曜日
岡崎高校訪問
9月23日は岡崎高校の研究室訪問があった。短い時間であったが、ポスターによる全体の説明の後、色の測定とプランクトンの観察をやってもらった。結構、熱心に聞いてくれた。三野君が(鋤柄さんの)ipad-2でプランクトンの説明をしたが、少人数へのプレゼンツールとしては、なかなか素晴らしい。
2011年8月12日金曜日
航海打ち上げ
11日は先日航海に参加した卒業生MT君が、会社K's Brainの社長を連れてやってきた。前回、都合が悪くこれなかったのだが、わざわざ2度も上司連れできてもらい申し訳ない。今後の仕事の事等を話したが、海の仕事をどう増やしていけるか、私もできるだけのことはしたい。
東シナ海からは少し時間もたったが、三野さんもみらいの航海から帰ってきたので、夜は皆で航海の打ち上げをやった。当然MT君はそれもあって、この日に訪ねてきている。一次会は3時間飲み放題、ジンギスカン食べ放題とすごい、池下のモンゴリアンチョッパ。おいしく食べ過ぎた。
二次会は三重の魚料理のユズトト。ただ、ふがいなくあまり覚えていない。SCさんとマナジと呼ばれるヘダイは、弘法大師空海の幼名真魚と関係があるのかと話をした。それから呼び出された卒業生のWAさんがとうとう年内に結婚してアメリカに行くとか。おめでたい。
最終の地下鉄が無くなって久々にタクシーで、すでに家内と息子が帰省して誰もいない自宅に帰宅。
2011年8月10日水曜日
2011年8月9日火曜日
三河湾委員会
8月9日は三河湾再生に関する会議。昨年に引き続いてで、今年度の内容について議論する。全体計画では三河湾の物質循環についてどのような流れの変化を想定するかがはっきりしていないことが議論になった。また基礎生産から高次への流れを実験的にはっきりさせることについても、実験の目的がはっきりせず議論となった。過去の状況に関するヒアリングを行なうとのことだが、これも大切ではあるがなかなか定量化するのは難しそうだ。公開ということだったので、院生二人にも出席してもらった。少しわかりやすくしたつもりなのだろうが、朝日新聞では赤潮対策のためにヒアリングを行なうという記事でていた。
2011年8月6日土曜日
NOWPAP/CEARAC多様性・富栄養化専門家会合
8月4・5日はNOWPAP/CEARACの多様性と富栄養化に関する専門家会合のために富山へ。NOWPAP/CEARACで行なっている多様性と富栄養化に関する活動の今後をどうするかを議論する会議で、日中韓露の4カ国の専門家とHELCOMというバルト海の国際活動やアメリカの海洋気象局(NOAA)の専門家が集った。
HELCOMに関しては、2年前にも来てもらったMaria Lamaanenさんが、非常によいプレゼンをしてくれた。様々の指標を下にバルト海の富栄養化や多様性に関しての現状マップを作成しており、NOWPAP海域でもぜひ作りたいところだ。成功の鍵は、海域の生態系に関するしっかりした知識、共同モニタリング・評価、現状に関する共通認識と共通の目標、環境に関する切迫感、家族感、しっかりした事務局、国際基金の関与とのことだったが、NOWPAPではまだまだの部分が多い。もちろん彼らはすでに何十年にもわたって議論してきているので、こちらもじっくりした取り組みが必要である。NOAAの活動に関してのプレゼンでは、むしろ海域の情報が多すぎでどのように減らすかを悩んでいるような印象があった。うらやましい限りである。様々の情報をどの様に組み合わせて環境指標としていくか、簡単ではない。
京大から最近JAMSTECに移動した白山さんは、日本の海洋生物多様性に関して情報提供してくれた。昨年日本でCOP-10があったことで、非常に注目されているが、現実的にはいろいろ難しい問題が山済みのようで、海洋保護区に関しても、日本政府が四苦八苦して10%の目標を達成しようとしていることがわかった。ましてや他の3カ国もそれぞれ全く違う状況と考え方で、NOWPAPとしてまとめていくことは大変そうだ。
20年以上前からの親友でPICESの科学者ボード議長のSinjae Yooが、PIESの状況、韓国の多様性と富栄養化の3人分の発表をしていた。Lamaanenさんとともに、適時適切な発言をしてくれ会議としては非常に助かった。
個人的にはは富栄養化に関しての議論をまとめる立場であったが、多様性と比較すれば、すでに実績があるし、手法を見直しながら限られた海域でのケーススタディを全体海域に広げていくという、方向性もはっきりしていたので、比較的すんなりまとまった。
2011年7月30日土曜日
2011年7月25日月曜日
東シナ海調査2011
7月15日から25日に、長崎丸で東シナ海の韓国経済水域の調査を行なった。当初台風が心配されたが、東にそれてくれたので、1日揺れた日はあったが、ほぼ予定通りの内容が実施できた。大型クラゲはやはり今年は少なく、航海中ずっとXYJ君が目視観測を行ったが、通算で3匹しか確認できなかった。昨年、一昨年と捕獲できた場所でも一匹も見えなかった。一方でアオノリが広く分布しており、時には緑色の絨毯のように広がり、その中に浮遊ゴミが散らばっていた。このアオノリはしっかりと光合成もしているようだった。
今年は名大8名、九大6名、長崎大4名、富山大2名、韓国海洋研究院2名、韓国インハ大2名、華東師範大2名、中国海洋大1名、民間会社1名の合計28名と大人数だ。名大も初めての人が多く心配だったので、卒業生で調査会社K's Brainに就職したのMT君を派遣してもらったが、みんな忙しそうだった。私も採水やネット、他の観測などグループ間の調整や、借用してきた機器の運用など、正直今年は忙しかった。他の仕事も持ち込んだが、例年になく一切出来なかった。来年はいろいろと考えなければならなさそうだ。
今回の航海では名大のGCOEの中国ORT(On site Research Training)の一環で2名の学生が乗船した。彼らは海の研究者ではないが、作業を手伝い、他のグループのやっていることも熱心に勉強していった。
2011年7月11日月曜日
NOWPAP国内委員会
11日は東京でNOWPAPの国内委員会があった。委員長の福代さんが急遽欠席とのことで、副委員長の私が議長となった。今回は特に、9月のフォーカルポイント会合に向けて、HAB(有害藻類ブルーム、赤潮)、リモートセンシング、富栄養化評価のそれぞれの統合報告書に関して議論した。HABとリモートセンシングに関しては、6年前に作成した報告書の続篇で、主にそれ以降の進展についてまとめられた。富栄養化に関しては、富山湾で行なった例をもとに各国で行なわれた評価をまとめたものだ。富栄養化では今後物質循環を考えてモデルを取り入れた評価法について考慮していくこととなった。別途多様性も増え、少ない予算で活動が増える一方だ。8月初めには専門家会合もあり、この内容を国際的議論することとなる。
2011年7月8日金曜日
長崎丸荷出し他
今日は午後に長崎丸の荷出しということで、朝から三重大学に行ってFRRFとFluoroProbeと呼ばれる機器を借用してきた。FRRFは蛍光を用いて植物プランクトンの活性と基礎生産を推定する機械で、国産のこの機器はもともと名古屋大学の私の前任の才野さんがプロジェクトで作成したものである。FluoroProbeはやはり蛍光から植物プランクトンの分類群を分ける機械で、これは外国製だが最近国産でも同様のものが出たため今回はそちらも借用して比較するつもりである。なかなか面白そうな機械だ。
帰ってからは教員会とGCOEの会議があって、その間には荷出しが終わるはずだったが、某運送会社の手違いでコンテナの到着が遅れ、みんなは3時間も待ちぼうけだった。ひどい話である。毎年荷物が増えてきて、コンテナは一杯だ。
2011年7月6日水曜日
2011年7月1日金曜日
英語の読み方
お昼時に英語の話になり、私がアメリカの大学の英語学校で習った時の話になった。私は留学時にTOEFLで成績が足りなかったため夏休み中、英語学校に捕まった。この時は辛かったが、後か考えるとアメリカの大学での勉強の仕方をしっかり教えてもらった大切な時期であった。
特に英語の読み方に関しては、その時の教科書Opportunity for Skillful Reading (I.L. Joffe著)が出てきた。ここで大切なのは、PQ3Rと呼ばれる方法だ。
Prepare(準備する):タイトル、序文、要約、結論、章ごとの質問、サブタイトル(タイトルや他のサブタイトルと関連づけ、サブセクションの内容を想像する)、各段落の始めの文を積極的に読む。
Question(疑問を感じる):サブタイトルを疑問のかえる。サブセクションの内容を考える。
Read(読む):疑問の答えを見つけるように読む。
Recite(暗証する):目を離して何を読んだのか記憶からたどり直す。
Review(再検討する):サブタイトルを見直す。サブセクションの内容を自分で問い直す。
このような読み方は、趣味の雑誌などを読む時には自然とやっていることだが、日本の大学でそれを教えてもらったことはないし、いわゆる勉強でそれをやるという考えも無い。しかし、アメリカの大学ではこれを知っていないと、分厚い教科書を何冊も読ませられる授業では到底ついていけない。日本の大学でなぜこれを教えてくれなかったのか疑問に思ったぐらいだ。
ぜひ、この読み方は習得してほしい。
2011年6月30日木曜日
論文紹介
6月30日、今日はKT君の論文紹介。Cloern J.E. and A.D. JassbyのPatterns and scales of phytoplankton variability in estuarine-coastal ecosystems (汽水・沿岸生態系の植物プランクトン変動のパターンとスケール)だ。汽水・沿岸域の植物プランクトンの時系列データを集め、比較したものだ。たぶん以前誘ってもらったがいけなかったワークショップの結果かと思われる。著名な著者だが長い文章ばかりで1回ではとても終わらない。英語の苦手なKT君はこのところずっと頑張ってきて、厳しそうだが少しずつはなれてきているようだ。
2011年6月27日月曜日
NOWPAP打ち合わせ
21日はNOPWAPの打ち合わせをするために、NPECの寺内さん、辻本さんとイデアが来た。NOWPAP海域の環境リモートセンシングの統合報告書と富栄養化状況報告書のまとめ方や、今後の進め方について話をした。
夕方は7月の東シナ海での長崎丸航海に関して研究室で打ち合わせを行なった。
2011年6月25日土曜日
小笠原世界遺産登録
6月24日に小笠原が世界自然遺産に登録された。小笠原には大学3年になった時だから30年前に、まだ研究者になるかどうかもわからないころに行っている。今は25時間で行けるようだが、私が行った時の小笠原丸は48時間かかった。48時間かかる小笠原丸の最後に乗り込んだ乗客は私たちだった。
主に陸域生態系の貴重さから登録されたようだが、筑波大の海洋研究会に所属していた私たちの興味はもっぱらダイビングと釣りだった。まだまだ何も制限のない中、漁師さんは八丈宝貝を十以上もとらせてくれたり(ほとんどは海にもどした)、メジナを何十匹も釣らせてくれた(こちらは胃袋に)。50cm以上のフエフキダイとアカハタは冷凍してもってかえって食べた。何とも今から考えるとひどいことをしたものであるが、当時はまだ観光客もずっと少なかったからできたことだ。1週間の滞在予定を伸ばして2週間、学生でなければできない何ともゆったりした時間をすごした。
また一緒には行っていないが、ダイビングクラブの先輩の渋谷さんは大学卒業後、小笠原に永住を決め村役場に勤めていて、昨日は係長としてテレビにも出演していた。おそらく彼が世界遺産登録にも頑張ったのだろう。テレビで見る限り、二見湾も南島は30年前から今も変わっていないようだ。ぜひこの自然をずっと残して欲しい。そう言えば今、自然保護協会の開発さんも一緒にいった仲間だ。
2011年6月20日月曜日
名古屋-釜山-福岡-下関-青島-名古屋
16日から20日までエチゼンクラゲ関係で、釜山と青島へ。
釜山はPICESの日本海現状報告の執筆に関する会議だ。この報告書は日本海の呼称問題もあって、昨年秋にPICESが出版した報告書から落ちてしまった曰くつきだ。CREAMS-APで日韓露の6名(石坂、蒲生、Kuh Kim, CK Kang, Lovabov, Zuenko)からなるグループが結成されて、執筆作業について議論した。CREAMS-APまとめ役のKR Kimさんは始めるだけでさっさと帰ってしまった。私は一次生産関連について執筆することに、エチゼンクラゲもしっかりとハイライトになることが決まった。ロシアのウラジオストックでも2002年ぐらいからエチゼンクラゲがよく見つかったそうだ。結局呼称問題は今回は棚上げで、とりあえず報告書を作ることに専念することに。あとはPICESの政府レベルで議論してもらうという韓国人(Kuh Kim)の言うことも筋が通っている。
場所は、以前も泊まったことのある海雲台(ヘウンデ)のNovotel Ambassador ホテルだ。朝偶然(?)旧友のYS Suhさんと会うことができた。昼と夜は韓国人持ちではフグとバイキングに。バイキングで発酵させたエイ肉(ホンオチム)を食べる。噂にはかねがね聞いていたが。まずそのまま、確かにくさい。どうやって食べるのか聞いたら、豚肉等に重ねて食べるということで食べてみると臭みもほとんど無くなり、軟骨のコリコリ感がそれなりにおいしい。結構いけるではないか。
ホテルからヘウンデ海岸。
あまり人が写っていないが、夜中でもたくさんの人でにぎわっていた。
18日朝早く福岡経由で下関にいき、広島大学の上先生のやっているエチゼンクラゲのフェリー目視観測に同行。院生のXYJも一緒だ。結構大きくて快適な船だ。船員さんたちも皆さん親切だ。九州近くはミズクラゲが結構いる。夜光虫の赤潮も。その後対馬暖流。19日になって黄海に入って、怪しい雰囲気だったが、結局エチゼンクラゲは見当たらない。やはり黄海・東シナ海の水温が今年は(も)低いためだろうか。青島に近づくと2008年のオリンピックで問題となったアオノリがかなり浮いていた。エチゼンクラゲもこれと一緒に移動するのだろうか。
夜光虫(色素のない渦鞭毛藻の仲間)の赤潮
アオノリの海をゆく
宿泊は国家第一海洋研究所のある老山区のBlue Horizon (藍海)Hotelに。ここも以前CREAMS-APで宿泊したことがある。松本先生から紹介されていた若い中国人Rao Xianbingさんと会う。何と今度7月の長崎丸航海に乗ってくる中国海洋大学のXu Bochaoさんと友達だったので彼にも会うことができた。二人とも熱心で東シナ海の環境と衛星の利用について議論する。お昼はRaoさんのボスで名古屋大学で修士をとったJiaye Zangさんと。青島の海産物をたっぷりと(アサリやマテガイ、シャコなどなど)。今回は食べられなかったがが、中国はヒトデも食べるようでお店に並んでいた。Zangさんは、日本が懐かしいようで日本の研究をほめていたが、中国もすでに少なくとも機械では日本どころではない。研究所には高価な機械がずらっと並んでいた。あいかわらず中国ではこのブログが見れない。
2011年6月15日水曜日
2011年6月10日金曜日
赤潮予算調査
6月10日は赤潮プロジェクトの昨年度の予算調査があった。文部科学省から担当官が名古屋大学を訪問し、昨年度の予算が適正に利用されたかを確認した。初めに研究内容を私が簡単に報告し、その後研究面の記述の確認と予算面の確認があった。研究面での確認では計画通りに研究が行なわれたかどうか、行なったことの記述が正確に行なわれたかどうかを確認された。また研究面の確認では、プロジェクトでの雇用に関わる年給の問題と、プロジェクト雇用でのPDと私が同じ赤潮調査に別々の予算で参加したことへの質問があった。
驚いたのは赤潮調査に関しては、担当官がこのブログのプリントを持っていたことだ。面白いといってくれたのはよいが、そこでの記述をもとに確認されるとは。やましいことはしていないつもりではあるが、驚いて返答に窮した。私の研究のほとんどはもともと税金だったものを使っているため、その使用法がしっかりしていないといけないことは確かで、それを確認されたり、説明したりすることも必要であろう。あまりぎちぎちやられるのは困るが、今回の調査は研究を理解して指導的な観点で行なってくれたのでありがたかった。
2011年6月7日火曜日
富山湾プロジェクト会議
6月6日は富山湾プロジェクトの会議で富山に。私は前回話損ねた分光データから求めた潜在的光学特性に関して、NPECの寺内さんが雲の影響を考慮したクロロフィルと河川流量の関係、辻本さんが栄養塩比と植物プランクトン群集のことを話した。NOWPAPの動きをにらみながら今後の新たな方向性を考えていかなければならない。富山湾プロジェクトの成果に基づいて作成した手順書を利用した、NOWPAP海域の富栄養化評価は、各国での評価結果が出てきて、順調に進んでいるようだ。次は全体をまとめた統合報告書を作らなければならない。
その後は、「だい人」で富山の魚と日本酒。あじとのどぐろが絶品。「一条」で山菜料理。
2011年6月4日土曜日
ゼミ
6月3日はSTさんの論文発表ゼミ。Takahashi ら(2009) Detecting red tides in the eastern Seto Inland Sea with satellite ocean color imagery. J. Oceanogr.(衛星海色画像を用いた東瀬戸内海の赤潮の検出)だ。この論文は、私も一緒にやっていた振興調整費のプロジェクトの成果として発表されたものだ。基本的には日本の優れた赤潮観測網のデータと海色衛星データを対応させ、赤潮のスペクトルを判別するというものだ。現在われわれの大分沖の赤潮プロジェクトの手法もかなりこれに近い方法をとっている。
赤潮プロジェクトのホームページhttp://redtide.hyarc.nagoya-u.ac.jp/では、最近有明海の赤潮分布も公開し始めたが、有明海は瀬戸内海と比較して濁っているため、少し工夫しないと難しそうだ。
その後は、現在水循環研究センターに客員で来られているスイスのOhmura Atsumu先生の講演もあった。大村先生は地球規模のエネルギー収支をやられている。単純な黒体地球のバランスでの温度(-18度)を温暖化がない時と呼ぶべきではないとのこと。私も授業でずっとそう言っていたのでやや反省。また、精度のよい観測を長年続けることの重要性もうったえられた。
東シナ海研究集会2011
6月2日は東シナ海の研究集会を開催した。これは水循環研究センターの共同利用の一環で公募されたもので、今年も九州大学の松野先生に申し込んでもらった。主に7月の長崎丸による東シナ海航海のこれまでの成果と今年の計画を話し合った。初めに新しいセンター長の中村に挨拶をもらい、九大の松野、遠藤、千手、名古屋大の石坂、鋤柄、森本、高橋(現在中央水研)、長崎大の梅澤、武田、愛媛大の郭が発表した。
私は昨年の航海の概要を話した。これまでの何回かの観測と同様に、NP比の分布がきれいに分かれていた。また衛星と比較するとかなり複雑な分布をしており、それと植物プランクトンの群集構造もある程度対応していそうだった。昨年の航海で新しく行なった鋤柄さんの沈降粒子測定や武田さんのケイ酸塩の連続分布やシリカの取り込み、森本さんの台風のシミュレーションなどの結果が興味深かった。乱流から見積もった栄養塩フラックスと沈降粒子が大体つりあっているのも面白い。今年の航海に向かって、さらに内容をつめていく必要がある。
2011年5月30日月曜日
お客さん、ゼミ
先週のBBQにも来た修了生のMK君が、昨年入社した会社K's Brainの上司を連れてきた。夏の長崎丸航海には補助員として乗船してもらおうと思っているので、その打ち合わせも兼ねてだ。小さな会社で様々な調査を受けおっているようだ。何でもはっきりいう性格のMK君には、この会社の雰囲気があっているようで、上司とも上手くいっているようだった。社員が皆さん若い、元気な会社で、今後海の仕事にも進出したいようで、今後頑張ってもらいたい。
夕方は、HM君担当の輪読ゼミで、今回は「大気と海洋の循環」の前半で、基本的な大気の大循環と海洋の風成循環の話だった。ここはよく理解しておいて欲しい。
2011年5月29日日曜日
2011年5月28日土曜日
論文ゼミ
5月26日の論文ゼミはSCさんがHung, C.-C.(2010)のThe effect of typhoon on particulate organic carbon flux in the southern East China Sea, Biogeoscinece (東シナ海南部の粒状有機炭素フラックスへの台風の影響)について発表した。東シナ海や南シナ海を勢力的に研究している台湾国立大学のグループの論文だ。セジメントトラップを使って台風直後の粒状有機炭素フラックスを実際に測定したという意味では貴重な論文だ。ただ、台湾北部で台風が無くても湧昇が起きているような海域で、台風前のデータは別の年のデータで本当に比較してもよいのかどうか疑問が残る。またディスカッションも混合と湧昇を区別しておらず、リモートセンシングデータの解釈等もあまり説得力がない。われわれのグループでも、Ekoさんが東シナ海の台風の基礎生産への影響についてすでに3報の論文を発表しているが、それについてもあまりしっかり議論されていない。
また今日はようやく赤潮プロジェクトの報告書を書き上げ、夜には初めて名大の研究所・センター長の懇親会に参加した。みなさん、よく飲まれる。
2011年5月23日月曜日
ゼミ、海洋環境緊急モニタリング
5月23日はXYJ君の輪読ゼミで「海水の性質」だった。塩分、栄養塩、溶存ガスなど基本的なことの勉強だ。質問では学生から、なぜ永年躍層はなぜ出来るか、なぜ大西洋は表層塩分が高いのかなど大切な質問が出て議論をした。
環境省の毎年の海洋環境モニタリングは、今年震災後の海洋環境緊急モニタリングとして行なわれる。明日はその委員会があるようだが、授業があるので、出席できない。ちょうど連休中に、震災直前から1ヶ月の東北から千葉までの沿岸域の表面水温、濁り、クロロフィルの画像を作ってあったので送った。
これによると、濁りは津波の後数日は特に仙台湾を中心に高くなっているようだった。水温では震災後に銚子からいわきにかけての沖合いに黒潮の渦が発達している様子がわかり、原発の排水の挙動への影響が伺われる。又その時にいわき沖で沿岸湧昇が起きたのか、クロロフィルが高くなっており、生態系への影響の可能性も危惧された。
2011年5月22日日曜日
イルカ漁TV
昨年10月に飛行機の中で見たコーブについて簡単にふれたが、今晩はその後の太地で反捕鯨団体が居座っている状況についてNHK特集をやっていた。太地は昨年11月に三重大学の勢水丸で寄港した勝浦に近く、その時も沖合いで追い込み漁らしき船団を見かけた。また太地町営くじらの博物館を訪ね、久しぶりに鯨も食したので、映画を見たとき以上に親しみがわく。
コーブ上映阻止への動きにはがっくりしたが、今回の報道での反捕鯨団体の動きも困ったものだ。この団体は南氷洋で日本の調査捕鯨に対して過激な活動を行なった団体と同じである。南氷洋ほどの過激な行動は無いようだが、(ぎりぎりの)実力行使で住民の生活を妨害することは許されない。資源管理がきちんと行なわれ経済価値がある限り、かわいいから知能が発達しているからという反捕鯨の論理は通用しないのではないだろうか。
ただ鯨類の有数の消費地でもある長崎でも思ったが、本当に現時点で日本の食料として鯨類がどれだけ必要なのかという疑問は残る。鯨食の文化を守るというのもあるが、実際に全国的に鯨食が広まったのは戦後の食料難の時代だろうし、文化をどこまで、どのような形で残さなければいけないかは、地域の問題のように思える。
2011年5月21日土曜日
BBQ
5月21日はセンター外の木陰で昼間BBQをした。博士号を取得し来月からJAXA/EORCでPDが決まっているYH君の歓送会だ。野菜、肉の他、SCさんはわざわざ朝から蒲郡の市場で三河湾のクルマエビ、大アサリ(ウチムラサキ)、アオリイカ、メジロ(マアナゴ)を買って来てくれた。YH君もアユを持ってくるなど、地元のおいしい魚介類が豊富だった。お店とちがい、準備から片付けまでみんなで出来るし、自由にみんなで話したり遊んだりできるのがよい。おなかも一杯。
三河湾の大アサリ(ウチムラサキ、最近の外来種ホンビノスとは違います)、
クルマエビ、アオリイカ
ブイやコンテナが椅子代わり
2011年5月20日金曜日
S&T
5月20日はサイエンス&テクノロジー社の市川さんと中根さんが。中根さんとは資環研時代にはよくお世話になったが、長崎に行ってから会っていないので、もう10年はたっている。もう、こちらの代表取締役で(株)日本海洋生物研究所の取締役だそうだ。学生のHM君も一緒に、両社の活動について聞く。(株)日本海洋生物研究所は海底資源採掘関連のアセス、S&T社は沿岸のGISやモデルを中心にやっているそうで、今後また協力をお願いしたいところだ。
ところで今日はクラゲ関連予算の会計検査、森本さんも参加していることが書類上はっきりしていないところだけが気になったようで、特に問題なしでよかった。
2011年5月19日木曜日
論文ゼミ
5月19日は三野助教のゼミ。Keyら(2010)のCell size trade-offs govern light exploitation strategies in marine phytoplankton. Env. Microbiol.(海産植物プランクトンの光利用戦略における細胞サイズによる交換)。同じ珪藻でもサイズによって、光の変化する環境における戦略が異なるというもの。大型の細胞は強光阻害を起しにくく、小型の細胞では強光阻害が起きても、すぐに修復するという戦略の違いがあるという面白い研究だ。先日博士をとったST君の仕事ともつながるところがある。最近の三野君の実験結果でも似たような感じになっているようだ。
明日までクラゲの会計検査、何も変なことが無ければよいのだが。
2011年5月15日日曜日
諫早開門調査について考えるシンポジウム
5月15日は佐賀大学であった、諫早開門調査について考えるシンポジウムに出席した。裁判で5年間の開門調査の判決が下り、菅総理が控訴しないことに決めた諫早湾であるが、実際に開門調査は何をどうするのか、充分議論は行なわれていない。海洋学会の環境問題委員会で議論をすることになって、春の学会でワークショップをすることになっていたが、震災で開催されなかったため、佐賀大学での開催となった。
佐賀大の速水さんが概要の説明、濱田さんが開門した時の流動モデル、本中央水研の佐々木さんが水質への影響、九大の柳さんが潮汐への影響、熊本県立大の堤さんが底質・底性生物への影響、東北大の佐藤さんが韓国での開門との比較について話をし、その後討議を行なった。物理過程でさえ、まだ専門家の意見が異なっており、ましては化学・生物的な予想は難しい。参加してくれた漁業者はいまさらと思っていたようだが、残念ながらそれが科学の現状である。有明海異変と諫早問題とは同じではない、ごく一部の開門をすることで完全にもとに戻ることは期待できないという指摘は共感できた。開門することは政治的に決定されているので、科学として開門調査によって何がわかるのかをさらにしっかりと議論していかなければいけない。ただ開ければよいというのは調査と名をつけるには問題がある。以前私も訪れた韓国の干潟では、セマングムでは諫早に続けといっていたのに対して、始華湖では水質悪化から潮汐発電所に切り替えた。原発も問題になる中、こちらも潮汐発電所に乗り換える手は無いのだろうか。
終わった後は関係者と佐賀駅近くの恵水産で反省会、ムツゴロウは以前佃煮で食べたが、今回は炭焼きで。昨晩は博多のわらびでイソギンチャクの空揚げを初めてたべ、お土産にはこのところ少し取れているというタイラギの粕漬けを買った。これらの珍味がなくなってしまわないことを望む。飲み屋にアゲマキもおいてはあったが残念ながら韓国産だろうとのことだ。
2011年5月13日金曜日
広島大学
5月13日はXYJ君と広島大学の上さんのところにクラゲ研究の相談に行った。広島駅で昼にお好み焼きを食べてから大学に入った。
衛星データとクラゲを結びつけることを博士論文のテーマとするXYJ君が質問をして、上さんに答えてもらうような形で進んだ。準備していたこともあり英語の質問もすんなり、上さんも教育的配慮のある返答をしてくれた。6月には実際にフェリーでの目視観測に参加させてもらうこととなった。
小池さんと井関さんのところにもよった。小池さんは先日名古屋を訪ねてくれた長崎水試と一緒に観測をやっているそうで、われわれも持っているFlowCAMやPAMで仕事をしている。井関さんは人工湧昇の会議でしばらくあっていない私の先生の高橋正征さんとも会うようだ。
エチゼンクラゲのポリプを見せてもらう。
2011年5月12日木曜日
論文ゼミ
5月12日はOT君のゼミだった。Zhang ら(2006)のBridging between SeaWiFS and MODIS for continuity of chlorophyll-a concentration assessments off Southeastern China(南シナ海におけるSewWiFSとMODISのクロロフィル濃度の連続性の検証)。SeaWiFSとMODISというNASAの二つの海色センサーデータを南シナ海で比較したものだ。クロロフィルデータでは、それほど大きな違いは無く、現場とも比較的よく合うという結果だが、輝度ベースでの比較はしていないことが気になる。またこちらの研究室でこれまで行なった有明海や日本海ではそれなりに違いがあり、これは高濃度での比較があまりきちんとされていなかったからなのかもしれない。これから伊勢湾や東シナ海でもきちんと評価していかなければならない。
2011年5月10日火曜日
長崎赤潮
10日は長崎水試の北原さんが訪れた。有明海の出口にあたる橘湾での赤潮予測に衛星リモートセンシングが利用できないかの相談だ。橘湾で被害を起こすシャットネラ赤潮に関しては、有明海から出ていているという可能性が高い。これを事前に予測できれば、養殖業者が生簀を海中に伸ばすなどの対策が取れる可能性がある。海色衛星ですでに有明海から高いクロロフィルの水が出ている画像がしばしば見られている。有明海の奥は濁りが多く、われわれも長崎大時代からずっと取り組んできているが、まだ精度に不安が残る。しかし、湾後部ではある程度利用が可能かと思われる。JAXAやNPECなど衛星画像の利用できるサイトと注意点を説明し、今年度われわれのプロジェクトでも有明海の赤潮検出を行なう可能性について議論した。
2011年5月9日月曜日
連休後、お客さん等
連休明けの9日は学生とのミーティングや相談、お客さんの他、KT君のゼミと誕生会があった。
お客さんは関総テクノスの渡辺雄二さん。通産の炭素循環プロジェクトNOPACCSからの仲で、その後CO2海洋隔離プロジェクトの一環で長崎大学で博士号をとった。関電の子会社なので、以前私も関連していた原発関連の委員会の今後や、CO2の海底地中固定プロジェクトの様子を話した。今回の原発事故の影響もいろいろあるようだ。予算は厳しいかもしれないが、今回の原発事故で改めて影響評価の必要が明らかとなったのではないだろうか。また原発依存を緩めれば、CO2の問題を解決する必要があり、地中固定も重要なオプションの一つで、こちらも環境影響評価が欠かせない。
2011年5月7日土曜日
だいち運用停止
少し前になるが4月22日にJAXAの地球観測衛星だいちが運用停止したことが報じられた。2006年1月に打ち上げられ、設計寿命3年、目標寿命5年だからちょうど目標達成したことになる。
この前にあげられていた、みどり(1996年打ち上げ)、みどりII(2002年打ち上げ)はいずれも1年もたないで運用停止したことを考えれば格段の進歩である。しかし、みどり、みどりII、だいちともに、内容は異なるが太陽電池系のトラブルだ。海外の衛星では10年以上観測を続けているものも多いので残念だ。
また思い出したのが、内閣官房が運用している情報収集衛星についてだ。2003年以来5機は上がっていると思うが、その情報は全く公開されていない。国防に関連するとはいえ、これだけの税金を使っていて、まったくその情報が明らかにされていないことは許されるのだろうか。
2011年5月6日金曜日
学生ボランティア
今年になってからよく学生・PDとお昼を食べながら雑談をしている。今日は連休の間ということで、学生も少なかった。OT君から連休前半に行った東北でのボランティアの話を聞いた。彼はアレルギーのある子供への食料配布やその連絡などをしたそうで、広い範囲を運転して回り、いろいろな人に会ったそうだ。彼にとっては大変ながらもよい経験だったようだし、何より無事に帰ってきて何よりだ。この活動は組織だったものなのでよいが、中には組織等と関係なく個人で行ったものの、やることがはっきりしなかったり、怪我をしたり、食事等で、かえって地元の人に迷惑をかけるケースもあるそうだとか。これでは何のためのボランティアなのだろうか。彼らの力を上手く利用するためには、ボランティアを個人ではなくきちんと組織的に動かす仕組みづくりが必要なようだ。
2011年4月28日木曜日
受賞・論文ゼミ
4月28日は朝から吉報がまいこんだ。
以前、現在北大水産の山口篤さんが「平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞」を「海洋表層から深層に及ぶプランクトン群集構造の研究」で受賞したそうだ。この研究は私が資環研にいる時にやった、WEST-COSMICというプロジェクトでとったデータが中心になっている。表層から深層の全体でのプランクトンの分類群と大きさ別の現存量を明らかにするという、地道な研究だ。山口さんはそのデータ取得から論文執筆までを頑張ってやってくれた。石田洋さんの論文賞に続いて喜ばしい。
午後は論文発表のゼミを行なった。発表者はXYJさん。論文は AttrillらのClimate-related Increases in Jellyfish Frequency Suggest a More Gelatinous Future for the North Sea, Limnol. Oceanogr., 52, 480-485. (北海の気候に関連したクラゲの増加はゼラチン質の未来を予想している)だ。
北海での50年以上にわたる連続プランクトン計測サンプルの解析データを、北大西洋振動と比較した結果、北大西洋振動指数がプラスの時にクラゲが増加しいた。また、pHの減少ともクラゲ量は相関を持っていた。これらの事実とモデルから、将来もっとクラゲが増加すると予測している論文だ。事実と将来予測という意味では面白い論文であるが、なぜ北大西洋振動指数やpHとクラゲに関連があるのかの説明はあまりない。北大西洋振動指数がプラスだと、西風が強くなり、暖水が北海に流れ込むのかもしれない。
この論文の強みは何といっても50年にわたるプランクトンのサンプルだ。日本でも気象庁などは世界に誇る長期データを取得してきたが、昨今の予算減少で長期データの維持がむずかしくなっている。原発問題の影響でも、有明海でも東シナ海でも同じだが、何か起こってからではなく、普段からの自然の姿をしっかりと記録しておくことが大切なのだが。
2011年4月27日水曜日
かんちゃん
東海大の千賀さんと東大海洋研の植松さんが以前開発した、無人の観測艇「かんちゃん」が放射線調査に利用されるようだ。
開発当時は漁具にひっかかったり、いろいろ規制があったりで利用は難しかったようだが、今回はうってつけだろう。報道では、原発内のではアメリカ製のロボットばかりが活躍しているようで、海では国産が頑張ってほしい。
2011年4月26日火曜日
大型クラゲ委員会
4月26日は大型クラゲに関する国際共同調査の委員会があった。研究を担当している水研センター、広島大学、山形大学、水産大学校、名古屋大学、それぞれの今年度計画を発表。昨年につづき中国に頼んで調査が出来るのは画期的だが、日本人は乗船できず、クラゲ以外の環境調査もできないというのは中国らしい。
幸いにして昨年は大発生しなかったが、今年度はどうか。衛星で表面水温を見る限り、3月までのところ非常に黄海・東シナ海の水温が低い。2008年・2010年と最近発生していない年は特に5月・6月の表面水温が低い傾向にあった。今後、水温が上昇しないとはいえないが、冬の水温が低ければ、深い場所の水温も低いので発生しにくと個人的には考えている。実際には6月の調査結果を見る必要がある。
皆、震災直後の東北太平洋岸まで被害が及ぶような大発生がないことを望む。
今晩は、教員での熊谷新准教授の歓迎会があったが残念ながら間に合わない。
2011年4月25日月曜日
輪読ゼミ
25日はミーティングのあと、輪読ゼミだった。今年度は日本語訳もあるポールピネの海洋学にした。原則的には英語で読んで、スライドも英語、発表自体は日本人は日本語でやるが、今回は留学生のST君が英語で発表した。
今年度は海洋学を初めて学ぶ人も多いので、よい教科書だ。個人的にはアメリカの大学院で一通り習ったし、授業で海洋学全般を教えていたので、だいたいの内容はわかっているつもりだが、日本の教員で海洋学全体を読んでいる人は少ない。私が欠席した先週の第1回目は歴史、第2回目の今回は地形に関してで、水系の研究者には意外と聞きなれない内容かもしれない。
アメリカの海洋学の教科書では、基本的にどの教科書も同じ内容が扱われていて、いかに海洋学が学問的に確立されているかがわかる。日本の先生が書くとこうはならないだろう。
2011年4月22日金曜日
第1回ゼミ
22日は、研究室のゼミの新学期第1回目。今回は博士で来たHM君の修士論文に関しての発表だ。大気経由の鉄の供給によって、地球規模の植物プランクトンの分布にどう差が出るかを数値モデルから研究した。モデル的に考えた鉄の要求パラメータによって、意外に分布自体には変化が無く、全体の濃度が変化した。基本的な分布はやはり窒素やリンなどの基本的な栄養塩で決まっているようだ。鉄を他の栄養塩と同じようにあつかう、比較的単純なモデルで他のモデルでも利用されているようだが、鉄もこれで本当によいのかはやや疑問を感じる。
その後、HyARCでの新入生歓迎会だった。今回は大分新入生が多かった。海洋系だけでも4名だ。また准教授も新任で森林の熊谷さんが入られた。ただ風邪気味だったので、早めに退散した。
2011年4月19日火曜日
CREAMS-AP会議
4月18日は中国杭州の第2海洋研究所でPICESのCREAMS-AP(北東アジアの循環研究アドバイザーパネル)の会議に出席した。韓国ソウル大のKR Kim、ロシア太平洋海洋学研究所(POI)のV Lobanovと共同議長をしているこの会議は、毎年秋のPICES年次総会で1回の他に1回集っている。今回は共同議長の3名以外に韓国海洋研究院(KORDI)からJH Lee、中国科学院海洋研究所(IOCAS)からY Fei、中国海洋局第2海洋研究所(SIO/SOA)からD Xuの6名が集った。出席を予定していた東大大気海洋研の蒲生さんは、急遽原発関連の航海に行くことになったので欠席した。
各国での最近の活動報告の他、日本海のプロジェクトEAST-I、黄海東シナ海のEAST-IIの今後の活動について議論を行なった。今後発展させなければならないEAST-IIだが、来年名古屋で行なわれるPEACEにあわせて、ワークショップを行なうことになった。また呼称問題も関連して今年発行されたPICESの現状報告書に入れられなかった日本海の報告書の執筆に関しても別に組織を作って進めていくこととなった。私は長崎丸での観測のことやその結果、海色の新しい時系列データ、NOWPAPのリモートセンシングトレーニングのことなどを紹介した。
韓国ではEAST-Iに関連したプロジェクトが5年間で終わり、さらに継続して5年間のプロジェクトが走りそうである。これでまた日本海をEast Seaと読んだ論文がどんどん増えるのは日本としては困ったものだ。韓国も中国も、ロシアもかなり国策で海洋研究を行なっているのだが、日本は縁辺海の研究はもともと多いとはいえない。さらに、震災と原発問題で今後の研究費に関しては不安が大きい。
杭州は2002年にSPIEで一度行っていたが、中国の十年の違いは大きい。田舎の印象だったが、今は大都会となっていた。5年間で家の値段が3倍になったというから驚きだ。近くの龍井(ロンジン)はお茶の産地でここまで行けば少しのんびりしている。お茶屋が並び、お茶葉を入れたコップに直接お湯を入れるお茶を何杯も飲んだ。
龍井のお茶畑
ロンジンでお茶を
杭州には飛行場もあるが、今回は上海浦東空港から上海虹橋空港まで行ってそこから、新幹線(和階号)で。上海の東西横断で1時間、新幹線も1時間の道のりだ。和階号は快適だが、日本の新幹線にそっくりで、かなり技術が移転しているようだ。切符は自動販売機で簡単に購入できた。上海-杭州の行きは直行バス、帰りは地下鉄に乗った。どちらも簡単だったが、地下鉄は混んでいる上にたくさん駅がある。100円程度と安いが、人を見るには面白いが、バスのほうが楽だ。
上海と杭州を1時間(約2000円)で結ぶ和階号
2011年4月15日金曜日
2011年4月13日水曜日
会議・GCOE説明会
4月12・13日は代理出席を頼まれた会議3つに出席した。一つは普段も出席することのある大気水圏系の会議だったが、二つはこれまで出席したことのない、本部と連合2群と呼ばれる理系のセンター群の会議だ。長崎大学時代ではよくこのような会議にも出席していたが、この2年間は新任ということもあって、あまり出席することは無かったが、今後出席する機会も増えるだろう。今回の2つの会議に関しては、思ったよりは効率的に短時間で終わったように思えた。
12日はGCOEの全体説明会と伊勢湾の集会があった。今年は7月の長崎丸の航海をGCOEのORTの一環として位置づけようと思っているため、参加希望者が出てくることを望んでいたが、二人ほど興味を示してくれた。また、今年からはいったHM君が伊勢湾ORTに興味を示している。
2011年4月11日月曜日
シンガポール大学からのお客さん
4月11日は以前この研究室にいてシンガポール大学にいるSandricさんが訪ねて来てくれた。シンガポールとマレーシアの間でおこる有害藻類ブルームのプロジェクトを持っているそうだ。面白いのは、普通の観測だけではなく、無人のヘリ、カヤック、潜水艇など、技術的には日本でもやれそうだがあまり例を見ないロボット観測を実際にやっているとの話だった。ぜひ協力したいとの話をした。夜は関連の強い人たちと一緒に東山公園のより道に。
2011年4月6日水曜日
原発汚水
原発の汚染水の海への流出を止めたという報道がある。しかし、素朴な疑問であるが、低いところで水の流出を止めるとどうなるか、もしも冷却プールへの放水が流れ出ているとすれば、下に向かってそれなりの圧力がかかっているはずである。海への流出を止めれば当然、それよりも上、可能性としては陸であふれる可能性が出てくるのではないか。素朴な疑問である。冷却水を注入しているのであれば、当然それに対応する水を抜き取らなければいけない。タンカーなど外にためるか、早く循環冷却システムを作らなければならない。
実は某原発の外の海での放射能の移動に関する委員会に出席していたことがある。海の粒子へ吸着した放射性物質の沈降に関するシミュレーションを行なう予定であった。しかし、実際にはほとんど研究費も無く、研究には程遠かった。これほどの事態までは想定できなかったとしても、問題が無かったあのような時にしっかりとした研究をせずに、今回のような非常時に対応はできないはずだ。有明海などの問題でも同じだ。普段からしっかりした状況把握に勤めることが必要なのではないか。スケジュールが会わないが、学術会議の海洋関連(SCOR)の分科会と海洋学会でも今回の海洋汚染について議論を始めるようである。
この騒ぎで中国からの留学生が、多くの人にお世話になって入学が決まったのに、残念ながら日本に来るのをあきらめてしまった。中国での報道にも問題があるかもしれないが、日本の安全神話が崩れている。
2011年4月5日火曜日
放射能による海洋汚染
福島原発での海洋汚染の報道が多くなっている。高濃度の汚染水流入が止まらず、また低濃度の汚染水は海に流すことになった。海洋生物の汚染も心配される中、コウナゴで高い濃度が検出されたようだ。コウナゴは植物プランクトンや動物プランクトンなど比較的低次の栄養段階にあるので、影響が早いのだろう。生物濃縮はないという報道もあるが、おそらく放射性物質の生物濃縮に関して、これまで研究例はほとんど無いのではないだろうか。半減期の短いヨウ素はともかく、もっと長い元素がどうなるのかは調べていく必要がある。
汚染水はすぐ拡散するからという報道も多いが、水は普通の人が思うほど混ざりやすくはない。高濃度の汚染水がどのように移動しているかは調べる必要がある。茨城のコウナゴということで、福島から流れ出した汚染水は南化していることもありうるだろう。茨城沖の海水が東京湾に流入している可能性は以前から指摘されており、時空間的に密なモニタリングが必要である。
2011年4月1日金曜日
新入生
研究室に新たに二人が入ってきた。一人は東海大学から来たHM君。以前資環研の上司だった中田喜三郎さんの研究室で修士をとって、こちらでは博士課程で、伊勢湾の研究を予定している。もう一人は山口東京理科大から来たKT君。来年から修士に入ることを目指してしばらくは研究補助員扱いになる。
他にGCOE優待生として中国人のWPさんが来る予定なのだが、入国許可書の遅れに、さらに福島原発の危機感で来ることを悩んでいる。すでにこちらにいるXYJ君も家族が心配しているので、一時帰国する予定だ。海外、特に中国ではかなり危機感をあおった報道になっているようで困ったところもある。放射能は見えない上に、報道で出てくる単位が日常では理解しにくいために、恐怖心が煽られる。国内であっても、もっとわかりやすい報道が期待されるところだ。
2011年3月31日木曜日
2011年3月28日月曜日
歓送会とお客さん
28日はJAMSTECから3名の訪問があった。中の原田尚美さんはここの前身である大気水圏科学研究所の半田研究室の卒業生で学生時代には、通産省の炭素循環プロジェクトNOPACCSの船にものってきたことがある。川上さんは夜も時間があるということなので、博士を修了して急遽就職が決まったST君の歓送会もかねて、いつものとりとり亭へ。川上さんはむつ在住だが、原発への不安が高まる一方で、原発に依存しなければならない地方の話を聞く。海産物は独特でおいしいらしい。ST君は前回の歓送会時にはまだ就職が決まっておらず、幹事役だったが、今回晴れて鉄鋼メーカの水質関連の子会社に。半田市は近いので、これからもよってもらいたい。
研究室片付け等
学会が中止になったので、3月22日から25日は、久しぶりに研究室のミーティングと片付けを行なった。出て行く人もいれば、新たに入ってくる人もいる。4月からは大分人間が変わるので、片付けにはよい機会だ。かなりきれいになった。今年度予算の締めと、来年度予算の申請、さらに報告書書きもあり、学会に行っていたらどうなっていたのか。
25日には吉報も入った。就職のまだ決まっていなかった新博士の一人ST君が4月を目前に会社に就職が決まったとのこと、うれしい限りだ。愛知県内とのことで、たまには研究室に来てくれるかもしれない。
25・26日は私ごとだが、身内の不幸でお通夜と告別式に、元気で声の大きな叔父だったのだが。地震とは全く関係は無いのだが、どうしても地震で無くなった人たちと重なる。帰りに秋葉原の喫茶店で本当に偶然、昨年森本研を卒業したGA君と会う。お父様といっしょだ。東京に就職して元気に頑張っているようで何よりだ。
2011年3月22日火曜日
歓送会
3月21日に研究室の歓送会を新栄の昭和食堂で行なった。東北・関東大震災の後で、このようなことをやってよいのか悩んだ。つい先日も無事を喜んだ後輩KKさんの御両親が津波の被害にあわれたとのつらい知らせも入ってきた。しかし、多くの被害が出てたからこそ、日本としては先へ進んでいくことが必要で、研究室を旅立つ学生達を送り出すことはやはり大切だと思い予定通り実行した。
今回送り出したのは、長崎大の私の研究室で博士をとり、先に名古屋にPDとして来ていたESさん。彼はインドネシア出身だが、マレーシアに職を見つた国際派だ。私の息子と年の近い娘さんと息子さんがいたので家族ぐるみの付き合いだった。彼で思い出すのは、インドネシアの津波の時に、彼はインドネシアからの留学生の会の会長として、義援金を集めていたことだ。これからも国際的に活躍して欲しい。それから、長崎大出身で修士をこちらで終えたTT君は、東京のソフト系の会社に就職が決まって張り切っている。また長崎大で修士をとって研究生をやっていたAM君は、まだ就職が決まっていないが頑張ってほしい。他に博士を終えた3名もいるが、彼らはまた別に送り出すことになる。うれしいことに、みなからはやぶさの模型をプレゼントされた。
2011年3月20日日曜日
地震・津波
今回の東北関東大震災と津波の被害は大変なものだ。幸いにして私の周辺の人たちは無事のようだ。石巻の造船所にいたTY君はGoogleの消息情報で無事が確認され、先日直接メールももらった。地震直後に逃げる間がなく、建造中の船に乗り、津波で沖へ運ばれ一晩漂流の末に救助されたとのこと。幸運ともいえるし、いろいろな場面での的確な判断もあったのかもしれない。多くの人に助けてもらったという彼の言葉は重い。東北大学の関係者もPD経由で無事の連絡が届いた。東北水研の皆さんも、産総研の原田さんや筑波時代の後輩のKKさんも無事との連絡があった。しかし、死者は7500人を超え、なお行方不明者も20000人近いということで、本当に痛ましい。
また、福島第1原発の事故もなかなか先が見えない。いろいろと後手に回って避難を浴びてはいるが、こんな想定外の状況の中で手探りで対策を考える人たちも大変だ。ましてや放射線の高い中で作業をする人たちには本当に感謝したい。
震災・津波・原発事故のために、様々のイベントが変更されている。来週予定されていた海洋学会も中止が決まった。また4月から日本に来る予定だったノルウェーのEgil Sakushaugさんは、原発事故で大学から渡航を控えるようにいわれているそうだ。ただそれだけではなく、年末に病気で倒れたこともその理由のようだが。原発も彼自身も状況がよくなったらぜひ改めて来て欲しいところだ。
今回、韓国、中国、台湾、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、バングラデシュと、多くの外国人から励ましのメールをもらった。本当にありがたいことである。
こんな中で、自分は何が出来るのだろうか。海洋リモセンで出来ることは限られるが、東京情報大の浅沼さんは津波で流されたものがどこまで行っているかを海色リモセンでチェックしたようだ。われわれもインドネシアの時には、TCK君と論文を書いたが、これは非常に良い考えだと思う。韓国からも一部画像をもらったが、高解像度の静止衛星でリアルタイムにチェックできれば非常に役立っていたかもしれない。あとは自分の知り得た安否は学会のメーリングリストに流した。これは心配している人たちを安心させる意味ではよかったように思う。東北地方ではいろいろと物資が足りないようである。大学を通じてのささやかな寄付はもっとも確実にできることだ。なんとも歯がゆい限りである。
三陸は日本にとっては重要な水産拠点であるが、それが今回の津波で壊滅的な状況だ。これをどのように復興するか、非常に大きな問題だ。この復興次第で今後の日本の水産業の将来が決まるともいえるだろう。魚種変遷のプロジェクト等で成果を挙げてきた東北水研等も被害は甚大だが、ぜひこの復興に一躍を担って欲しい。
2011年3月14日月曜日
学会中止
3月末に柏の東大大気海洋研で予定されていた海洋学会が震災の影響で中止となった。柏も被害があったようであるし、東北の被害の甚大さ、電力供給不安など当然だろう。新学会長の花輪先生も無事とはわかっているが東北大で大変だ。
今回は学生のOT君が伊勢湾での衛星クロロフィルの継続性のことについて、XYJ君がエチゼンクラゲの大発生が2008、2010年に起こらなかったことと春先の水温の関係の可能性に関して発表する予定だったが、要旨集だけの発表となった。また、通産省工業技術院(現在の産総研)時代に一緒にやっていた環境総合テクノスの石田君が、炭素循環のプロジェクトNOPACCS, WEST-COSMICのデータで書いたJournal of Oceanographyの論文 Possibility of recent changes in vertical distribution and size composition of chlorophyll-a in the western North Pacific region, J. Oceanogr..65, 179-186.
(西部北太平洋域でのクロロフィルaの鉛直分布とサイズ構成の最近の変化の可能性)が論文賞をもらったお祝いをすることになっていたので、やや残念だ。2011年3月12日土曜日
第2回海洋環境調査モニタリング委員会
3月7日は環境省の海洋環境調査モニタリング委員会が開催された。2月4日に続いて第2回である。前回、新潟沖の調査に関連して衛星情報を求められたので、提供した。これまで新潟沖はあまりリモートセンシングで見たことが無かったが、沿岸に水温が低く、クロロフィルが高い沿岸湧昇的な構造が見える。沖合いの水との境界面には北西に向かって移動する渦が見え、対馬暖流の影響が見える。この委員会で話題になった場所は、かなり変化の激しい場所のように見えることを報告した。
富山・東北地震
3月11日は富山の環日本海環境協力センターで富山湾プロジェクトの委員会。NOWPAPに関連して、富山湾での調査の報告会だ。東北地震の直後、自分の発表直前に体調不良で失礼してしまった。
東北の地震は富山や名古屋では問題なかったが、ひどいものだ。東京でも交通機関が泊まったとのことで、一昨日東京にいたので、ずれていたら大変だった。東京にいる家族も何人か家まで歩いて帰ったとか。それより大変なのは東北と茨城だ。卒業生の一人YT君が石巻の造船所にいるはずなので心配だ。海洋関連ではあと大槌に東大大気海洋研究所のセンターがあるし、塩釜には東北区水産研究所があるので、心配だ。つくばもどうなのだろう。ありがたいことに海外の知り合いからは随分とたくさんのお見舞いメールをもらった。
2011年3月6日日曜日
伊勢湾流域圏国際ワークショップ
3月4・5日はGCOEの伊勢湾流域圏国際ワークショップが開催された。1日目は主に都市の話で、2日目は海と大学としての取り組みが主に話された。1日目の中では昨年10月にいったポートランドの取り組みが話され、実際に昨年行ってみて、路面電車とそれに自転車を乗せられるシステムにはとても感心したが、アメリカでも進んだ試みのようだ。また愛知県でも多様性COP-10の後の試みが照会された。
海関連は韓国釜慶大学校のRyu先生が韓国での災害・環境・水産からの沿岸管理を合わせた試みに関して話をされ、特に基礎生産に着目された話には興味がわいたが、まだコンセプトの段階という感じがした。また愛知水試の和久さんが、先日の三河湾の委員会でも照会された、三河湾でも浅場再生についての話をしてくれた。ダムの砂を利用することを考えるなど、先進的な取り組みはすばらしい。ちなみに和久さんとは20年ほど前に彼が学生の時に船に一緒に乗ったことがある。和久さんとは今後いろいろな意味でお互いに協力することで話をした。
2011年3月3日木曜日
伊勢湾報告会・三河湾委員会
3月3日は午前中、名古屋大工学研究科の辻本先生の振興調整費 『伊勢湾流域圏の自然共生型環境管理技術開発(H18~22年度)』の成果報告会に出席した。午前中は辻本先生から、全体像の紹介があった。陸域の負荷を流域の中の「地先」別にまとめていき、さらにそれをまとめて、陸域への負荷を計算し、伊勢湾内では流動モデルをもとにした生態系モデルで、特に水産的に重要なアサリを中心にまとめ、生態系の健全であった1960年、現在の2000年、将来の2030年を計算し、比較するという手法は非常にわかりやすく、共感した。ただ、海の中に関しては、詳細はわからなかったがまだまだ不十分である様に感じた
午後は個別の話があったが残念ながら出席できず、三河湾の物質循環の健全化に関する委員会に出席した。こちらは海を中心としてた試みで、負荷削減を中心に行なうのではなく、干潟や藻場などの復元が重要だという考え方で午前中の陸中心の考え方と大きく異なった。三河湾の生態系が比較的よかった1960年と比較して、最近失われた半分の干潟が回復され、さらに今後そのレベルにもどす試みが行なわれていることは非常によいことと思われる。ただそれでも昭和30年代と比較すると3-4分の1とのことで、まだまだ少ないのかもしれない。いずれにしても、陸域からの負荷と海域の浅場の役割について、今後もそのバランスは議論する必要があると考えられる。
その後、資環研時代に何度か会っていたCT&Cの田口さんが、何と長崎大学に行かれる壮行会が「座座はなれ」であるとのことで出席した。工学系の日中韓のプロジェクトの特任とのことだ。長崎大の懐かしい人達の名前も出てきた。資環研時代の上司で三河湾の委員長である中田喜三郎さんも今年で東海大を退官で、前愛知水試場長の論客鈴木輝明さんと同じ名城大学にこられるとのこと、皆さんとは今後もさらにみつにお付き合いしたいところだ。
2011年3月1日火曜日
北大低温研委員会・JSPSアジア沿岸海洋
予定より早く委員会は終わり、その後、地球環境科学研究院に行き、海色リモセンの平田貴文さんや化学の渡辺豊さん等と今後の研究等に関しても話をする時間が取れた。渡辺豊さんとは筑波の資環研(現在産総研)以来の仲で、やはり資環研にいた低温研の福井学さんと懐かしい3人で、炙屋でおいしい魚で一杯やった。さらに豊とすすき野のバー山崎、最後は白樺山荘のラーメンで締めた。泊まりはすすき野のドーミーイン。ちょっと露天風呂が狭いがよい風呂だった。
低温研(正面)にいたる白樺並木。右は重要文化財の札幌農学校の農場。
北大の中のデートコースだが、吹雪の時には遭難する人が出るとか?
3月1日は札幌から東京へ移動し、東大の大気海洋研究所で、JSPSの東南アジアの沿岸海洋学に関する会議に出席した。これは東南アジアで、特に海洋生物関連のネットワーク作りを目的に10年間続けられたプロジェクトの後継プロジェクトだ。リモセンを含めた物理、HAB、プランクトン、海藻・海草、ベントス、魚類、汚染物質のグループで、インドネシア、マレーシア、ベトナム、タイ、フィリピンの人たちと研究を進めている。東南アジアの国相手に対等のお金の負担を要求するなど、若干問題はあるが、これで東南アジアの各国と協力して沿岸海洋研究を進めることは非常に重要である。研究室のEko Siswantoさんがマレーシアの大学に移動し、ベトナムから10月には学生が来るなどするので、今後貢献が出来ればと思う。
2011年2月27日日曜日
入試監督
2月25・26日は大学の入学二次試験の監督だった。センターは基本的には学部から切り離されているので、今回は法学部の助っ人だ。25日午前が英語、午後が小論文、26日午前は驚いたことに数学だ。法学部で数学の試験があるとは知らなかった。論理的な思考の指標になるということで、それは確かに正しいかもしれない。経済・教育・情報はわかるが、法学部だけではなく、文学部なども数学があるようだ。最も文学部といっても地理や心理であれば数学も必要であろうが。
内容的には、数学は1問目が2次方程式と図形の問題、2問目が確立、3問目が図形上の距離と方程式の条件の問題だ。英語は比較的長文問題、小論文は法学部らしい内容の長文を読んでからの作文で、いずれも非常に難しい問題ではないが、時間内に解こうと思うと、それなりに大変そうだ。
大学入試の内容が選択性になり偏りがひどくなっていることは、いろいろなところで指摘されている。特殊能力が強い人も大切ではあるが、それはごく一部の人間で、多くの人間は広い知識が必要であろう。そう考えると、海洋学や生態学は現状の入試であまりにも扱われていない。もっとも、入試だけではなく、高校の教科書としても海洋学や生態学に関する記述は少なすぎ、入試に出しようもない。これでよいのか非常に疑問を感じる。
2011年2月25日金曜日
NPEC委員会
2月24日はNPECの委員会があった。以前は有害藻類ブルーム(HAB)とリモートセンシングの二つの委員会だったものが統合されて、今はHABの福代さんが委員長、リモセンの私が副委員長という形になっている。HABとリモセンそれぞれの活動の進捗や共同活動の富栄養化評価などの議論がされた。中でも富栄養化評価に関しては、富山湾で作った方法を、今度は北部九州域にあてはめ評価が行なわれたが、やや厳しい内容になり、行政的に問題になっていることが議論された。環境の状況認識に関しては科学的に言える部分もあるが、評価となるとある状態をよしとするのか、しないのか、難しい問題になることは開始時からわかっていた。それでもステップを踏んで、先へ進めていかなければならないだろう。本当によい環境とは何かと考えながら。
2011年2月23日水曜日
九大東シナ海研究集会
2月23日は九州大学応用力学研究所の共同利用の東シナ海研究集会。これは松野先生と話をして申し込んだもので、今回は九大が韓国・中国の研究者も呼び、特に東シナ海の混合過程に焦点を当てた。混合過程は栄養塩を供給する上で重要な役割を果たしており、生物生産にも重要な役割を与えているはずだ。あらかじめ、決めた内容にいろいろな観点で短めの発表で話題提供をする、いつもの講演会と違うやり方だったが、いろいろな議論が出来たように思える。私も、長崎丸での観測による栄養塩の分布や、台風と生物生産、衛星で観測した濁りと生産の関係の3つの話をした。懇親会は博多の夢鴻艪、泊まりは祇園のドーミーインに。
2011年2月22日火曜日
JAXA-水研共同研究発表会
2月21日はJAXAと水産総合研究センターの共同研究の発表会に出席した。この発表会はJAXAがADEOS(みどり)を打ち上げるのに合わせ、15年前から続いているらしい。私もこの数年出席している。水産総合研究センターの水産研究所と地方の水産試験場から数名ずつが、海色リモートセンシングを利用した研究について発表し、JAXAからはアルゴリズムの進展状況や、水研のデータで検証をした結果が報告される。私は今回は、日中韓の光学データセットを集めて作った黄海・東シナ海のSeaWiFSデータセットと、それによる春季ブルームの状況についてと、エチゼンクラゲの発生と水温の関係について話をした。大分水試の宮村さんは赤潮のプロジェクトについても話をしてくれた。GCOM-Cの打ち上げが徐々に近づいてきたためか、あるいは共同研究契約をまた来年度から結び直すためか、今回は出席者が多かったような気もする。終わった後は東京駅のしゃれたBar of Tokyoでビールを。22日朝から福岡なので、何度か泊まっている羽田に近い蒲田の黒湯温泉に。
2011年2月20日日曜日
卒業生来名
2011年2月16日水曜日
2011年2月12日土曜日
誕生会
10日は珍しく大学にずっといた。主に学生の指導と、もう来年度の予算申請準備。
まだ少し早いが私とTT君のために今月の誕生会。定番の大学傍のCafe Dawnyのケーキをみんなで。研究室でのパーティなどの話をする。前任の才野研時代の話なども聞いた。これから長崎大から来た学生が減り、新しい学生、特に中国人が増えていく。この中でどう研究室としてのコミュニケーションを保つか課題だ。
赤潮で雇っている長崎大時代の学生でもあるインドネシア出身のESさんがマレーシアに就職しそうだ。私も以前訪ねたことのあるUTMで、インドであった Peterと同じ場所だ。この春で修了するSTさんに、1年間はこちらの枠で頑張ってもらうことに。
2011年2月9日水曜日
東京大学大気海洋研究所研究船共同利用運営委員会
9日は東京大学大気海洋研究所研究船共同利用運営委員会があった。以前新宿にあった海洋研究所が気候センターと一緒になり千葉に移動して、初めて行くことになった。常磐線の柏の葉キャンパス駅からさらにバス。今回は時間があったので、30分ほど歩いた。昔のつくばを思わせるだだっ広さだ。やや遠い。
委員会は白鳳丸、淡青丸の二隻のあり方に関する会議で、これらの船は昔所属も海洋研究所だったが、現在はJAMSTEC所属で全国共同利用施設として大気海洋研が管理している。来年の白鳳丸の運航経費不足や淡青丸の運航委託や代船の問題などの議論があった。他のJAMSTECの船とは異なり、大学を中心としたボトムアップの研究のための研究船として今後もぜひ頑張ってほしい。ただ予算はいろいろな意味で厳しく、利用者も何らかの形で一部を負担をしていくことも必要かもしれない。私自身、院生の時に乗船した白鳳丸、淡青丸で人生が決まったといってもよいぐらいで、日本の海洋研究教育には非常に大切な存在である。
それにしても2時間の予定が3時間を越え、富山の張勁さんは帰れなくなってしまった。柏であるのであれば、もっと早めに会議を終えてほしいし、場合によっては1泊が必要だ。次回の春の学会はここであるので面倒だ。
広い東大柏の葉キャンパス右の奥が大気海洋研究所、左は図書館
2011年2月8日火曜日
GCOE中国打ち合わせ
大学に戻って、GCOEの中国でのORT(Onsite Research Training)の打ち合わせを行なった。今年度はあまり参加が出来なかったが、来年度はもう少し主体的にやりたい。希望としては長崎丸での東シナ海航海をこれにあて、希望学生に乗船してもらうのもよいと思っている。これから中国人留学生も増えそうなので、その意味でも大切だ。
その後は、研究室に戻って学生の指導、書類書き等。
2011年2月7日月曜日
大型クラゲ国際共同調査事業成果報告会
3月7日は大型クラゲ国際共同調査事業の成果報告会だった。これはエチゼンクラゲの発生状況を調べ、予測するための水産庁の事業で、水研センターがまとめており、自分も事業実施者としての参加している。昨年は幸いにしてエチゼンクラゲの発生数は少なく、被害もほとんどなかった。2002年から大量来遊が続いていたが、2008年と2010年だけは極端に少なく、これは黄海・東シナ海での発生が少なかったためとの報告があった。
われわれも7月の長崎丸航海で、その少なさは確認していたため、そのことを報告した。またなぜ昨年は少なかったのかという疑問に、5・6月の低水温が関係しているという仮説が、2008年だけでなく、2010年にもあてはまったことを発表した。一方で2001年以前の水温はそれ以降の大発生時とそれほど変わりなく、水温以外におそらく富栄養化による餌の増加が関係し、実際に衛星で観測しているクロロフィル(植物プランクトン)が増加していることについても述べた。今年度からは中国での調査も開始され、ますます研究が進展することが期待がされるところである。
昨年はクラゲの発生少なくて、餌はあっても寒すぎたかな?
2011年2月4日金曜日
海洋環境調査モニタリング委員会
4日は環境省の海洋環境調査モニタリングの委員会があった。この委員会は、もともと日本が行なっていた海洋投棄の処分場のモニタリング目的で、環境省が30年ほど前から行なってきたものである。最近は、海洋投棄が少なくなったこともあり、縮減される予算の中、周辺諸国からの汚染なども考慮しつつ行なっている。一方、予算執行がある意味厳格化しすぎている中で、毎年決まった会社が受注できない可能性があるなど、不安定な状況もあるが、限られた予算なりにはしっかりとやってきている。
個人的には、ずっと都合がつかず、委員会に出席したのは数年ぶりかもしれない。このようなモニタリングにも衛星リモートセンシングの情報を利用できそうな点を意見し、また先日の海上保安庁の委員会と同様に中国側から来る水をどのどのようにモニタリングするかの観点で発言した。
2011年2月3日木曜日
2011年2月1日火曜日
修論発表会
28日と1日は修論発表会だった。今年は、長崎大学から名古屋大学に入学したTT君が発表した。彼は有明海の流動とプランクトンのことに興味があったため、HFレーダーと呼ばれる測器で5年前から有明海で測定されている海面の流れのデータと、赤潮の移動の関連を調べた。有明海は潮汐が大きいことが知られているために、まず潮汐を取り除き、基本的には南向きの流れが卓越しているが、夏には熊本沖や湾奥に渦構造が発達することを見つけた。また、熊本沖の赤潮の移動について調べたところ、赤潮がこの流れによって移動しており、渦がない時には南に移動するのに対して、渦があるときには移動が遅くなりそうであることがわかった。この結果やこのような手法は赤潮の被害を軽減することに利用できる可能性がある。20分発表の後に10分の質問があり、多くの先生からいろいろな質問がされ、何とか解答し、無事卒業できることになった。
2011年1月28日金曜日
赤潮プロジェクト会議
28日は赤潮プロジェクトの会議を行なった。これは衛星データを利用して赤潮の被害を削減するための実証試験で衛星データ利用を普及させるためのもので、大分県水産試験場の宮村さん、瀬戸内海区水産研究所の板倉さん、東大生命農学研究科の古谷さんに参加してもらっている。2年半のプロジェクトの1年半が終わろうとしており、これまでの活動の報告と来年度の計画について議論した。過去のデータ等からある程度赤潮を衛星で感知できるようであることはわかったが、昨年は幸いにして、大分県では被害の出るような赤潮が発生しなかった。来年も出ないことを望みつつ研究としては出てもらわないと困る複雑な気持ちだ。
終わってからは4人で、鳥謹へ。
2011年1月27日木曜日
宇宙海洋本委員会
27日は午前中大学に行って修論・博論の指導をし、午後からはふたたび東京へ行き、宇宙海洋連携の親委員会に北大の斎藤誠一さんの代理で出席した。委員長は東大理学研究科長の山形俊男さん、インド洋版のエルニーニョであるダイポールモードの提唱等で有名だ。他の委員もそうそうたるメンバーだ。
WGでは測定項目やミッション等かなり具体的な提案をまとめているが、親委員会ではもっと大所高所にたった議論がされた。今回のゲストも海洋法の専門家の奥脇直也先生で、私自身中国や韓国などとの国境を隔てた調査などの問題に直面しているだけに、身につまされる話だ。衛星はそれを超えて観測が出来るところがよいところなのだが。やはり実測も必要だ。
終了後に、山形さん、植松さんと飲むことに、天下国家を論じる二人には今後も旗を振ってもらいたい。
2011年1月26日水曜日
生物大発生(魚種変遷)
25日・26日は朝から、魚種変遷プロジェクトの会議。昔大量にとれていたイワシが最近取れていないことはよく知られているが、乱獲が原因と思っている人も多いだろう。しかし、最近の研究では地球の気候の変動と取れる魚の種類が密接に関係していることがわかってきている。このプロジェクトでは、主にイワシとカタクチイワシ、サバなどの漁獲の大きな変動がどうして起こるのかを調べている。プロジェクトでは海流などの海洋物理学、餌となる動物・植物プランクトンからそのもととなる栄養塩、そして魚の食性や行動、さらには漁獲の変動をどう経済的に扱うべきかまで幅広く研究している。
プロジェクトも後1年ということで、膨大な知見が集ってきてはいるが、それをどうまとめて、行政や一般の人に以下にわかりやすく伝えるかが問われている。
このところ委員会続きだが、一方で大学では修論発表会が近い。先日もメールで修論を直してからの委員会出席となり、なかなか忙しい。
このブログを読んだ関係者に飲み屋行き過ぎといわれてしまった。。
生物大発生・POP’s委員会
1月24-26日は水産総合研究センターの生物大発生の委員会だった。この委員会は広島大学の上先生のプロジェクトStop Jellyと、東北水研の斎藤さんのプロジェクトSuperFish(魚種変遷)の推進委員会と運営委員会で、1年に1回行なわれるが、膨大な研究成果を一度に聞くので、楽しみかつくたびれる会議だ。
今年は、日程調整が悪く、24日午後はクラゲの委員会に出席できず、海上保安庁のPOP'sに関する委員会に出席することとなった。この時期は委員会が多い上に、学生の修了にも忙しい時期で、24日が修論の提出ということで、直前まで添削に追われた。
24日のクラゲの委員会の午前中は、主にミズクラゲという、湾などに普通に見られるクラゲの発生機構の解明と制御に関する研究の報告だった。一昔前と比較すると飛躍的に研究が進んでいる。特にクラゲの赤ちゃんになる前のイソギンチャクのようなポリプが、人工的に設置した浮き桟橋等の裏に大量についているということがわかったことは画期的だ。
午後は、POPsつまり残留性有機汚染汚染物質の委員会に移動。これは海上保安庁のプロジェクトに、愛媛大学と京都大学が共同研究している。愛媛大学とは以前、長崎丸に乗船してもらう相談やPOPsモデルへの入力として衛星データを使ってもらうことで話をしていた関係で声がかかったのだろう。とても多くのPOPsを測定したことは評価できるが、データ解析はもう少し進めてほしいところだ。
2011年1月22日土曜日
GCOE基礎環境学講究
1月21日夕方からGCOEの基礎環境学講究に出席した。別にも講演会もやっているようだが、こちらは私も以前から面識のあるWWFの東梅貞義さんの講義なので優先だ。東梅さんは黄海の保全に向けて、中国・韓国のNGOなどの活動をまとめている方で、以前私もYSLMEの会議などでお会いしている。黄海の多様性を調べるために、様々な種類の生物の分布マップを中国・韓国で統合して出版し、多様性に重要な海域を特定したり、中国・韓国のNGO等にその保全のためのいろいろなプロジェクトを考えて実行させたり、非常に活発に動いている。また、そのためのお金確保まで自分で(一人で)やっているとのことは驚きだ。基礎環境学講究は、いろいろな分野の学生が、留学生も含めて参加しているので難しい科目だが、英語と日本語混じりでとてもわかりやすく話してくれた。
講義の後は、東梅さんと担当の山下さん、学生2名とバグースへ。奇しくも山下さんと東梅さんもわたしも、3名とも海外で学位をとっている(二人はイギリス,私はアメリカだが)。教育やNGOの話に花が咲く。学生の一人が、GCOEは論文を書きながら、授業でいろいろなことをやらなければならないので大変だと正直に言っていた。確かにそうだが、ぜひ広い視野を身につけてくれたらと思う。
2011年1月15日土曜日
ブリパーティ2011
1月14日は大分の卒業生のSS君から届いたブリでパーティを。博士の学生は予備審が終わり、とりあえず博士論文と書類を出し、また修了しない二人は春の海洋学会の申し込みが終わったので一区切り、こちらもこのところ学生の添削で忙しかったのでちょうどよい。輪読ゼミが終わったのが18:00でそれから、昨年に引き続きHY君が見事な包丁さばきを見せた。油ののった刺身とブリシャブ,アラも本当にうまい。SS君ありがとう。終わった時は次の日になっていた。
2011年1月14日金曜日
2011年1月12日水曜日
博士予備審査3
1月12日は3名目HY君の博士予備審査だった。副査は中塚先生と森本先生だ。彼の論文は、衛星で測定した黄海・東シナ海のクロロフィルの、季節変動や経年変動を記述したものだ。この海域の衛星データは、濁りの影響でNASAの標準で利用されている値が合わないことが知られている。そこで研究の前半では標準のクロロフィルに関して、濁りの指標といわれる明るさの値と比較し、値が合わない可能性のあるのが中国・韓国の沿岸域の特に冬場であることを確かめた。その上で海域分けを行い、季節変動を調べた。その結果、黄海中央部や東シナ海の広い範囲で春季ブルームが見られた。さらに長江河口域から対馬周辺までの間で、6-9月に西ほど遅いクロロフィルの季節的な極大が見られ、これは長江の流量の極大に対応した。つまり長江の影響が対馬まで見られることが示された。研究後半では、中国・韓国・日本の研究者の現場データで、より精度のよいクロロフィルと懸濁物重量の衛星データを作り、その特性を調べている。濁りが高い海域ではクロロフィルが低いこと、濁りの減少した後に春季ブルームが起こる海域があることなどが明らかとなっている。
長江起源と考えられるクロロフィルの高い水が対馬まで続いているのは、長江や東シナ海の環境の変化が日本海など日本周辺に及んでいることを示している。実際にわれわれ研究室でも研究をやっているエチゼンクラゲなどは黄海や東シナ海北部から流れてきているようだ。また濁りと春季ブルームの関係なども面白い。
博士を3名一度に修了するのはこちらも大変だし、なかなか厳しい。
2011年1月11日火曜日
博士予備審査2
今日はTS君の予備審査だ。副査は田上先生と三野君、そして九大応力研の松野さんにお願いした。今日は残念ながら松野さんは来れなかった。TS君は特に植物プランクトンの光の変動への適応に興味を持っている。潮汐や風によって水が混ざることによって、植物プランクトンが明るい表層と暗い下層を運ばれることによって、どう応答するのかを調べた。有明海をフィールドに選び、長崎大学の練習船「鶴洋丸」にのって水を取って分析した。
初めの研究では大潮小潮での光の条件と植物の色素の違いを調べたところ、大潮に濁って水中の光が減少し、それに伴って強い光を防ぐ色素が減少して、逆に光を吸収する色素が増加していた。つまり、大潮小潮の違いで起こる濁りの違いによる光条件の違いに、植物プランクトンが反応していることが明らかとなった。この仕事は日本海洋学会のJournal of Oceanographyという雑誌に掲載されている。
後半の研究では、九大の松野さんたちがやっているターボマップと呼ばれる水の混ざり方を調べる機械のデータを使い、植物プランクトンが光の有る層をどの程度の時間で行き来しているかを調べた。ちょうど8日に話題がでた山崎さんの作った機械だ。その結果、強い風が吹くことによって、水の混ざり方がとても早くなって、植物が明るい条件と暗い条件を数時間で経験することがわかった。さらに、そのような時には、植物プランクトンが明るい条件にも暗い条件にも適応することが出来ずに、光合成の活性までも減ってしまうことが明らかとなった。風などによって水が混ざることが植物プランクトンや基礎生産に大きな影響を与えることがわかった。こちらもこれから学術誌に投稿することになる。
あれだけ濁った海域でも植物プランクトンにとって光が強すぎる状態になりうることは驚きだ。これが有明海の環境変化とどのようにつながるかはよくわからないが、有明海だけではなく、どんな海域での基礎生産の変動機構を考える上でも非常に重要な仕事になると思う。
2011年1月8日土曜日
東北大須賀さん
1月7日は東北大の須賀さんが、鋤柄さんと打ち合わせをするために研究室に来た。須賀さんといえば日本のARGO(中層フロート)関連の研究の第1人者で、鋤柄さんは以前東北大にいて一緒に仕事をしており、現在もARGOで観測したモード水での酸素とクロロフィルから混合速度を求めた面白い論文を書いている。
夜は3人で風来坊に。須賀さんといえばお酒ではいろいろと有名な人物だが、ビールだけなら問題ないとか。楽しい話ができた。ビール以外でもその時は楽しいらしいのだが。偶然話題になったのがTurboMAPという乱流を測定する機械を作った東京海洋大の山崎さんと、研究船で海を学ぼうの東海大の加藤さんについて、実は二人とも私がアメリカでテキサスA&M大の大学院に行った時にお世話になった。山崎さんはちょうど私が行った時にA&Mの海洋工学を修了し、加藤さんは私の1週間後にA&Mの海洋に来て、毎週のように家に呼んでもらった関係だ。実は日本の海洋は本当に狭い世界だ。
2011年1月6日木曜日
博士予備審査・新年会
1月5日の新年早々、博士予備審査の一人目はSCT君だ。審査員は私の他、三野助教と中村教授、そして北大水産の平譯準教授にお願いした。論文は Estimation of Primary Productivity in Tidally Dominated Turbid Water of Ariake Bay, Japan: A Bio-optical Approach (潮流の強く高濁度域である日本の有明海の基礎生産の推定:生物光学的アプローチ)というタイトルで、前半がすでにECSSに発表しているFRRF法と炭素法の基礎生産の比較と、1回のFRRF測定から24時間の基礎生産の値の決定法について、後半が現在投稿準備している衛星SeaWiFSデータを利用したVGPMによる有明海の基礎生産の推定法についてである。FRRFや衛星を利用した基礎生産の推定手法が濁った有明海にも当てはめられそうだというのは正直驚きだ。有明海では濁りが減少しているが、それによって、今回のデータやモデルで考える範囲では基礎生産は増加傾向にあるはずだ。やはりこれが赤潮と関係しているのかもしれない。
思ったよりも質問が多く、発表と質疑あわせて2時間近くにわたったが、無事に終わった。この調子で本番も、それから北大に出しているPDも決まってくれるとよいのだが。
せっかく、平譯君がきたので、夜は三野君、鋤柄さんと4名で新年会を。まだ新年ですいていそうなのでトリトリ亭へ。キープのボトルを飲み終わるまで結構飲んだ。
前回誰が書いたんだ?
登録:
投稿 (Atom)